1.ベナースフ







目を閉じていても判る光源の塊は、ぐるぐると自分の周りを旋回している。


オレンジ  白  黄色  赤

赤い色


……無事に、戻れたのかな。

先ほどまで抱いていた存在を思い、きつく目を閉じた。
彼は自分との約束を守ったのだ。
必ず生きて、あの場所へ帰ると。
意識では目を閉じているというのに、無数の光は遮られる事はない。

『…ク…』

声。
聞き覚えがあるぞこの声は。
光源の奥へ耳を澄ませる。

『ルーク』

再び放たれた名前に小さくため息を吐いた。
…それはもう俺の名前じゃなくなるよ。
ローレライ。俺の「生きる」という存在は、もうあいつに返したんだ。
俺はもう、ルークじゃない。

『我の中で『個』を繋ぎとめておくだけの精神を持ちながら何を言うか。
 呼称が無いのは不便であろう。』

諦めろと諭すようにローレライは言った。
そんなことを言ったって、もうあいつの名前を奪うようなことはしたくないよ。
全部返しておしまい。
それで区切りを付けたいんだ。

『…』

ローレライ?

『ならば貴様の名は今から『ユリア』にしよう。』

え゛

『それならば文句は無かろう。貴様の言う『ルーク』の存在を侵すことも無い。
 万事解決だな。』

妙案を思いついたとうきうきした声で言うローレライ。
何がどう万事解決だ!
「ユリア」は女の名前だろ!?俺は男だぞ!

『存在をすべて『ルーク』に返したと言うのなら性別など関係が無かろう。
 何を固執する。』

た、たしかにそうだ。
俺にはもう体を構成する音素が無い。
ほんとは全部アッシュの中に戻るはずの音素が、俺の意識を構成する分だけ残ってしまったんだ。

ローレライに言わせると、まだ途絶えていなかったアッシュの記憶粒子が俺の意識の介入を拒んだせい。らしい。
同じ時間軸に別の記憶が混ざることを拒んでいたのかも、とも言っていたが…結局そのまま完璧に一つになってしまうはずだったのに、俺の意識だけが弾き出されることに。
そういうわけで俺は懇々と広がるこの光の海に一人取り残される羽目になったわけだ。

なんにせよ、ある意味命の恩人なのに無意識でもひでぇぞアッシュ。拒むなよ。

『我はそんな話をしに来た訳ではない。』

ローレライがぴしゃりと言い放った。
…『そんな』って、てめぇ…

『これからどうするつもりだ?』

これから?

『お前は今、死から孤立した精神体として我の中に存在する。
 だがこの形は、お前の望むものではないのだろう?』

…結局最後まで死にたくなかったからな。
ここでこうして考えていられるってことだけでも十分嬉しいぞ。

それを聞くと、正面にいたローレライがゆっくりと俺の周りを旋回する。
その目(あるのかわからないがなんとなく)をじっと見つめたまま俺はローレライの返答を待った。

『本当に望むものではないだろう?』

音素集合体は息を吐きながら言った。
…そんな、当たり前なことを言うなよ。

『お前たち人間の当たり前など我が知るものか。
 我から言わせれば自分の思ったこと、感じたことを言わぬもののほうが奇特だ。』

一体何と対比にされているかはわからないが…まあ音素集合体とそこまで分かち合うというのもおかしな感じがする。この話はとりあえず保留にしよう。

『本当の望みは?』

……

『あるのだろう?』

視線を思わず泳がせる俺の顔をローレライがわざわざ覗き込む。
かすかに笑顔を含ませた(実際は光の塊だ)顔と、視線が重なる。

言え、吐けと、促される視線。

長い躊躇いを越えて、俺は声を紡ぐ。
おこがましい言葉を。

「…生きたい。」

その権利も資格も、全部あいつに返しておきながら

「みんなと一緒に生きたい。」

後悔は無い。
ただひたすらに募る欲求。
願望。

「あの…場所に、帰りたい!」

あるはずのない胸が痛い。
あるはずのない目が熱い。
優しく厳しく、居心地のよいあの世界へ。
戻れるものなら、あの大切な人たちの場所へ。

吐き出し始めたら、余計にその思いが増長していく。

隔絶された世界に取り残されて、生きていると言えるのか?
それは違うはずだ。
誰かに認められて、認められたくて、生きることが成立するんだろ!




『その願い叶えよう。』


は…?

あっさりとローレライが言った。

『タダというわけではないぞ。
 我の願いも聞いてもらう。それを礼として受け取ってもらおう。』

旋回しながら離れていくローレライを見上げ呟く。

「ほ…本当か?」
『私を疑うことは貴様を疑うことだと思え、同位体。』

からからと笑う。

「そんなことができるのか!?」
『我を疑うな。不愉快だ。
 できぬことは言わぬ主義だ。』

ローレライが笑う。

『互いに約束は絶対だ。
 恩人の願い、我は叶えよう。』


光が自分に向かって収束する。
金色の光・朱色の光、オレンジの光。

そして白く染まる世界。


嘘じゃないかと。
夢じゃないかとしか思えない。
絶望して、安心もしていたこの状況から助かるとは思えなかったんだ。

ローレライ。
約束だ。
絶対に守るよ。



…まだ用件は聞いていないけど。





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2006/07/25
 ここからルークの受難が始まります。