12.ベナースフ
「赤毛の子供の目撃情報は、およそ半年前に起きた原因不明の高濃度第七音素計測時期から1月の間くらいに集中しています。
目撃情報が一番多かったのはケセドニア自治区ですね。今のところキムラスカ国内からの目撃情報は届いてません。」
ぺらりと書類を捲りながらジェイドは言った。
ただ、体がその動作を行っただけで、目線はルークやガイに向けられている。
「新しい情報はケテルブルクとチーグルの森です。ロニール山脈付近で見かけたということと、盗賊かぶれ達が蹴散らされています。外観や背格好などから同一人物でしょう。
年齢は15.6ほど、赤い髪に碧の瞳、身体つきは細身です。目撃当初は髪が長かったみたいですね。数件ですがそういった話があります。他はすべてザンバラに切られた短髪です。
目撃情報だけを集めましたから、当然その人物の目的は不明。宿帳の記録を確認した限りでは、まぁ…本名ではないでしょうね。使用されていた名前は『ステラ・アリエズ・クレス・ハタ・グース・ジェカ・トマ・アベル』などなど。よく考え付くものです。」
書類をルークたちの前の卓上に投げ渡し、ジェイドは置かれていた紅茶を口に含んだ。
置かれた書類にざっと目を通してアッシュはジェイドに向き直る。
「船場や辻馬車の操者に目撃情報はなかったのか?」
「一切ありませんね。きっと変装でもしているのでしょう。意図的としか思えないほどに、交通機関からの情報はありませんでした。
一番最後に挟んである地図を見てください。目撃された場所を書き記しています。」
言われるまま捲ってみれば、ワールドマップに赤い印が点々と付けられている。
ダアトやマルクト国内には重ねられて膨張した赤い点が無数に存在したが、キムラスカ国内だけは綺麗に避けられていた。そこだけ水でも湧き出て、水面に浮かぶ葉っぱを押しやっているがごとくに。
「嫌味なぐらいに、キムラスカ国内からの情報は出てきていません。マルクト国内からの動きで集めにくいということを考えても、皆無ということは異常でしょう。対象が意図的に避けていることが明白です。
ま、目的がわからない以上、こちらから働きかけることは不可能ですけどね。」
「移動している時期や場所に法則性はなかったのか?」
書類をガイに手渡しながらルークは再び問う。
「推測をする材料が少なすぎます。
それと、伝えることが間に合わなかったのですが、この目撃情報の緻密さにマルクト内部ではチーグルの森への捜索を見直す動きが出ています。当然といえば当然な事態なんですがね。」
「ふん、その方が俺たちにとっても動きやすい。」
口の端に笑みを浮かべてルークは紅茶を一息に煽った。
「調べさせた限りでは、すでにその人物は森にはいないみたいですよ。」
「そんなことはわかっている。
そいつがチーグルの密売を体を張って阻止したんだったら、チーグル族が何かしらそいつの情報を得ているだろう。救われたことを理解しているなら、一匹ぐらい付きまとっているんじゃないのか?」
言い放ったルークを見つめ、ジェイドの目が見開かれる。
「…あなたも考えていたんですねぇ…少し見直しましたよ。」
わざとらしく目元を拭うジェイドを睨み、ルークは額に青筋を浮かべた。
「人を馬鹿にするのも大概にしろ、貴様。」
「まぁまぁ。
そういうことならルークにも同行してもらわないとな。
その方がミュウに取次ぎしてもらいやすいだろう。」
隣で宥めるガイをぎっと睨んだ。
「もとより、俺は行くつもりだ!」
「それは何より。ちょうど先日、改良型のアルビオールに乗ってノエルがこちらに来ています。協力を仰ぎましょう。」
どことなくジェイドの対応についていけなくなり、ルークは視線を当たりに泳がせて口を閉ざした。普段と何の変わりもない笑顔を浮かべたまま、ジェイドは続ける。
腕を伸ばして、ガイが広げていた地図のグランコクマに程近い町を指し示す。
「ガイに伝えてもらった通り、まずエンゲーブへ向かいます。
そこで捜索体制を整えてからチーグルの森へ―」
「カーティス少将。」
ジェイドの言葉を遮って、ノックと同時に男の声が投げ込まれた。
入りなさいと、ジェイドが促すと一人の青年が室内に入ってくる。濃い色のガラスの眼鏡をかけている青年は入り口で立ち止まり、マルクト軍の敬礼をした。細身の金髪の青年は、外観からして学者気質で軍服があまり似合っていなかった。
「何事だ?」
「来客中に失礼かと存じあげますが、さっき持ち込まれた報告を火急に伝えたほうが良いと判断をしました。よろしいでしょうか?」
「構いません。」
ジェイドが許可すると、青年は儀礼的な礼をしてジェイドへと歩み寄る。そして懐から少し厚みのある封筒と一枚の紙を取り出す。
「こちらをご覧ください。」
手渡された紙にジェイドは視線を滑らせた。
その視線がぴたりと止まる。
「ジェイド?」
一瞬見開かれた瞳にガイが困惑の声を投げかける。ジェイドは何も答えずにもう一つの封筒を開いて中を覗き込む。そして、眉根をきつく寄せた。
「…カシム、ご苦労。」
「はい。」
青年は軽く会釈をしてすぐに部屋を出て行った。
それを確かに見届けて、ジェイドは大きく息を吐き眼鏡を軽く指で押し上げる。
「事態は面白いことになっているようです。
これを、一目見ていただければ…」
ジェイドが、持っていた封筒をひっくり返してその中身を机に落とす。
転がり落ちてきた鮮やかなそれを目にして、ガイとルークの表情が凍りつく。
「十分、でしたよね?」
途切れさせていた言葉の続きを紡ぐ。
麻紐でがちがちに縛られたそれは一房の髪。
ただそれは、朝焼けを思わせるような鮮やかな赤色を放っていた。
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2006/08/19
内容、少し薄かったですかね。12話目です!
滑らかに登場させたカシムですが、皆さん覚えていますか?
彼についてもっと書きたいことがあったんですが、ちょっと無理がありすぎたのでやめました(笑)
そろそろ真面目にタイムテーブルを書いておかないと、こんがらがってきそうです。