15.ベナースフ




ケセドニアから出発した馬車は、何事も無ければおよそ4日程の時間をかけてエンゲーブに着く。
長い道中、馬車が闊歩する街道といえども魔物の姿は少なくは無い。
人間同士の国が和解し平和になろうと、生来野山に住み着く魔物たちには関係ないのだ。


そしてそこが、ルークの稼ぎ場だ。


例にも漏れず、ルークが乗っている馬車は魔物の群れに襲われた。
異常を察知したルークはすぐに馬車から飛び降り、腰に差していた剣を抜き放つ。
人や荷物が乗っている幌に食いつかれては撃退が困難になるというのは、別の護衛のプロから言われていたことだ。
すぐに辺りを見回して、様子見に近づいていた魔物を見つけそれを魔神拳で牽制をする。
簡単に吹っ飛ばされた仲間を見て当然魔物たちの間に警戒が強まり、そこから膨れ上がる殺気を身に受けながらルークは剣を握り直した。
背面でばたばたと馬車から下りる護衛たちの足音を聞きながら、踊りかかるそいつらへと刀身を翻す。

ルークは両足を地面に食い込ませて、全身を捻らせて両手に握った剣を振るう。
剣の中腹あたりで真っ二つに切り捨てたそれは、木の、柔らかい葉っぱか枝の束を斬るような感触だった。
上下二つに分かれた植物の姿の魔物は、断末魔を残す間もなく音素をほとばしらせて地面に落ちる。
その間にも、ルーク自身はすでに別の魔物に剣を突き立てていた。
急所と思しき場所を貫かれて絶命した魔物を剣から蹴り抜き、離れた場所にいた魔物へと駆け込んでいく。その間に割り込んできた魔物を一匹薙ぎ払い、他の魔物が放つつぶてを剣の腹で弾き飛ばす。
正面に迫ったルークを迎え撃つために束ねられた魔物の触手に、ルークはわざと剣を絡ませて右手ごと右半身を魔物へと叩き込んだ。
触れると同時に放たれた赤みがかった閃光に、魔物はその背面へと高く吹っ飛ぶ。
植物系統の魔物が殆んどいなくなったことを確認して、すぐに動物系の魔物へ剣を振りかぶる。

どういった経緯で魔物が生まれているかルークは知らないが、外観に総じて魔物は植物や動物、アンデット、無機物に区分けられる。
一人で魔物と立ち回るようになってわかったのは、レベル的には何の問題ないが、倒す手順を間違えると想像以上の時間が掛かってしまうことだった。
そこそこ強い魔物が相手なら、重量のあるものは保留にして軽いものを重点的に。
数発で切り捨てられるものは植物系から。
後者に関しては、動物系を先に手がけると、剣に血糊や脂が付着して切れ味が落ちてしまうことが起因する。

――はっ

短く息を吐いて、左足を軸に回転を加え一薙ぎで二体を葬り去る。
これで、ルークは合計10匹を斬り捨てた。
視線を巡らせれば、馬車に同乗していた数人の護衛が最後の一匹を丁度仕留めているところだった。


残党がいないことを念入りに確認して、引っ張り出した布キレで剣の汚れを拭い、腰の鞘へと納める。

「怪我人は?」

馬車の傍へ駆け寄って乗客の安否を確かめる。覗き込んだルークを見やって、馬車の中で縮こまっているその中の数人が立ち上がり、他の人を押しのけながらルークへと駆け寄っていく。
その女性達は、ルークの見覚えのある人物だった。

「ルーゥちゃん!あんたは大丈夫なのかい!?」

大声で叫びながらルークの両手を握ってくれたのはエンゲーブの人間だ。

「大丈夫です。皆さんは…」
「ああ、おかげでこっちも無事さ。」
「それよりあんただよ。あーぁ、こんなに汚れちまって。」

おばさん三人組は口々に言いながら、ハンカチや布などでルークに付いている返り血などを拭いてくれる。親身になってくれる状況にむず痒さを覚えつつ、安堵の息を吐いた。

 ガツッ

その瞬間、ルークの後頭部に何かがぶつかった。
衝撃で、ルークの瞼の裏に星が散る。

「おーおー、悪かったな。小さすぎて見えなかったぜ。」

鈍く痛む頭を押さえながら振り返ると、護衛の一人である背の高い男が立っていた。
そして男はこれ見よがしに肘を突き出して見せる。
痛みを堪えつつ、ルークは自分を取り囲んでいたおばさんたちを背中で隠すように歩み出て、男の顔を見上げた。

「…わざとなら謝れよ。」
「一人で10匹近くを倒せる奴なら避けて当然だと思ってな。
 わりいな、思い違いだったみたいだ。」

言いながら男は引きつるように笑ってみせる。
使い古された剣と鍛えられた体、そして皮膚の所々に残る傷は男の確かな技量を表していたが、所詮世間一般様の技量だ。並々ならぬ死線を生き抜いた(実際に一度死んだ)ルークの敵ではない。

「…そう思うのも仕方がないよな。
 あんたの頭軽そうだし。そりゃしょうがねぇって。」

目元だけに浮かべた笑顔。

「んだとぉ!?」
「おーい、そろそろ馬車を出すぞ!」

馬車の御者が叫んだ声に、男は顔を顰めて強く舌を打った。
ルークを鋭く睨みながらその肩にぶつかって馬車の中へと戻る。
ぶつかった瞬間にルークへ声が落とされる。

「…人の稼ぎ口を減らしやがって、村に着いたら覚えてろ。」

低い声をそのままにして男は幌の影に隠れてしまった。
稼ぎ口云々は、護衛の仕事では働きが良かったりすると報酬に色をつけてもらえることが多いからだろう。

消えた男の姿を見やって、ルークは指先で軽く頬を掻く。
一人で行動するようになってから、触れることが爆発的増えた人間の悪意に、ルークはまだ慣れそうにもない。
じくじくと心の中に溜まっていく澱は、当分は消えないだろう。
しかしまあ、ルークが実際に剣を振るっているところを見ているにもかかわらず、その技量を見抜けないような人間は彼の敵ではない。(二回目)
ルークの背後で、なんて態度なの!?ルゥちゃん気にしちゃだめよ!などと叫ぶおばさんたちを宥めて一緒に馬車へと戻った。
あのような人間と同じ馬車というのもずいぶんと億劫な話だが、エンゲーブまではあと2日ほどかかるだろう。まだまだ道のりは遠い。


無差別に、たまに指向性をもって放たれる悪意に触れるたびに思う。

自分がどれだけ仲間たちから守られていたのか。
自分の名前が、どれだけ強力な武器だったのか。

あのころの道中は平穏ではなかったが、居心地は最高だった。


その場所を奪った事実を省みて、ああ、本当に自分はひどいことをしたのだと再認識をした。



遠いローテルロー橋の端を思い、ルークは目を閉じる。
頭の中を占める人物がいる大陸へ向かう自分を思い、小さく口の端に笑みを浮かべる。

繋がっていたものは断ち切られた。



なのに「さようなら」が言えない。





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2006/09/05
 オリキャラと呼ぶにも及ばない護衛その1登場。
 もう一回くらいでしゃばってもらって消えていただきましょうか!ね♪(アンマリダ)
 ルークの移動の経緯として

 ケセドニア →(二日) ザオ遺跡(一日) →(二日) ケセドニア →(二日) この話

 という状況です。アッシュと会ってから丁度一週間ですね。