17.ベナースフ




「アレが、『ルゥ』さんとその『彼』の家ですか。
 いやー小ぢんまりとしていますね。」

さんさんと降り注ぐ日光が直接目に入らないように手をかざし、ジェイドはにこりと笑う。
そのあからさまに楽しんでいる装いの声に、ガイが小声で叫ぶ。

「旦那ッ!旦那!結構真面目に引きずっているからそう突付くなって!」
「うるせぇ黙れガイ!」

至近距離の人間にその音量で届かないはずもなく、ルークはガイを一喝する。口だけではなく、近くに生えていた小枝までをぶん投げた。

三人が正面に臨むのは、木々が少しだけ開けた場所にある、小さな小屋だ。
自然に恵まれた深い森の中にあっても、さすがに人が住んでいるだけあって小屋の周りは整備されている。

外周を軽く見回してジェイドはそのまま小屋へと歩み寄っていく。

「チーグルたちに聞くまでもありませんでしたね。
 まあまずは、行ってみましょうか。」
「は?ちょ、ちょっと待てって!」

多少整備されているとはいえ安定はあまりよくない森の道を、危なげもなくすたすたと歩いていくジェイドにガイが慌てて待ったをかけるが、もちろんそれを聞くような人間ではない。

「…あの男は何をするつもりだ?」
「いや、俺に聞かれてもなぁ…」
「何を言っているんですか。一国民として生きるというのなら、当然居住の申し出は必要なものなんですよ。戦争の被害者であろうとも、それぞれが与する国へ納めるものは納めてもらわなければ。
 それに、当人からの申し出がなければそれらに対する保証もできないでしょう。」

すでに家の入り口に立っているジェイドから返答が返った。
濃厚な森の香りを肺に詰め込みながらルークは言葉を吐いた。

「家人がいなければ無意味だろ。」
「いえ、むしろその方が好都合です。」

なんと?

家のドアの鍵に手をかけているジェイドの背中を見て、二人は息を詰めた。
冗談を言うような人間ではない。
それとほぼ同時だろう。

 がちゃ

ちょっとジェイドの手元が動いたと思ったら、次の瞬間にはドアはその口を開けていた。
……ちょっと待て、あいつは何をした?

「おいおいおいおい!不法侵入!不法侵入!!」

慌ててガイが駆け寄りジェイドを抑えようとするが、その腕はあえなく宙を薙ぐだけだった。

「少し調べたいことがあるだけですよ。
 やましい心はないんですから、うろたえるんじゃありません。」
「鍵までかけられている家に侵入するっていう、非常識な真似をしなければうろたえる必要も無いだろう!
 わーっ!だから入るなって!」

つかつかと進んでいくジェイドの軍服の裾を掴み、ガイは何とかその足を止めることに成功する。
いや、したかのように思えた。

「そんなに気になるのだったら―」

裾を掴まれていたジェイドが、ガイと肩を並べるように体を反転させ。

 ガツッ

ガイが踏み出していた右足の甲を蹴りつけた。
当然、ガイの表情に驚きの色が滲む。

「いっ!」
「貴方も、入りなさい。」

 げしっ

情け容赦のないジェイドの美しい弧を描いた回し蹴りがガイの腰に入る。
離れた場所から一連の動作を眺めていたルークは、大の大人の体が宙を舞う姿を確かに見た。

「おわーッ!」

声は屋内に入ることで途切れ、重いものが床に叩きつけられる音が続いた。
一部始終を眺め、考え、ガイの普段の扱われ方を推測し、ルークは心の中で瞑目をする。彼の扱いというのは、想像していたよりも酷い気がする。

「はしゃぎ過ぎですよ、ガイ〜」
「…貴様最低だな。」




入ってみた小屋の内装は、言うなれば普通だ。
食器や調理道具を並べている簡単な炊事場と荷物が詰められている棚、椅子と小さなテーブル。そして布団が引き剥がされたベット。
長い時間家を空けておくつもりなのだろう。布団は綺麗に畳まれ、埃をかぶらないように布に包まれていた。
特に飾り付けをされているわけでもない内装は、女性が住んでいるにしてはいささか殺風景かもしれない。
広さ的に言えば、男が三人も入ればすでに手狭に感じるほど。
まあ二人で暮らす分には問題は無いだろう。


…ベットは一つだが。


「…………」

それを直視したまま、物言いたげに開かれたルークの口から音がつむがれる事は無い。
ここに住んでいるであろう人物とこの部屋の中の状態を色々と考えれば、鬱になるのがオチだろう。

「調べたいことは一つだけです。
 すぐに終わりますから待っていてください。」

ジェイドはそう言うや否や、手近にあった箱を開きだす。

「いったい何をしたいんだアンタは?」
「暇なら貴方の足元の箱も見てみてください。
 服が入っていたら貸してください。」

案の定、明確な答えは返ってこない。
ガイは仕方なく足元に避けられていた箱を開いて中を窺う。

それには、剣の手入れをするための道具がしまわれていた。
手にとってまじまじと見てみると、それらは全て随分と懐かしい形状の道具だった。砥石も、柄と刃を分解する工具も、全てがバチカル製だ。最近ではあまり使っていないが、昔ガイが愛用していたものと同じ品だ。

(随分とまぁ…古いヤツを使っているなー)

そしてこれは今では製造廃止になっているため、入手することも困難な道具でもある。

「ああ、すみません。見つけました。」

懐かしい記憶を辿っていた意識が引き戻される。
手早く道具を箱の中にしまいこんでジェイドへと振り返ると、彼はすでに目的の物を引っ張り出してみやすいようにテーブルの上に広げていた。
それの形を脳みそに叩き込んだガイは、あえて確認するようにつぶやいた。

「……スカート?」
「スカートですよ。」

あちこちが擦り切れ汚れてしまっている白い布は、膝上ぐらいまでの丈のワンピースだった。
濃い橙色の糸で縁取られ、鮮やかな緑で刺繍されている柄は見事なものだ。

正直、40代を目前にした成人軍人が手にしているのを見ると、あまりのミスマッチさに犯罪臭がしてたまらない。

「ルーク、ガイ、失礼なことを考えていると貴方たちにこれを着させますよ。」

二人に視線も向けずに言い放たれた言葉に、当人たちは強制的に思考を打ち切る。

「―で、結局それがなんなんだ?」
「………確信したとはいえ、これは混乱を招くだけですよ。」

腕を組んで問いかけたルークに、ジェイドは丁寧にスカートを畳んで箱の中へ戻しながら答える。開かれた箱の中は、お世辞とはいえないほどおざなりに服が詰め込まれていた。
ベットの下から引っ張り出していた箱を元の位置に戻し、ガイとルークに向き直った。
赤い瞳はルークの視線に定められる。

「そうですねぇ、言ってしまえば―」
『みゅううー!』





ややあってようやく語ろうとした言葉は、聞き覚えのある生物の鳴き声に掻き消された。





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2006/09/15
 ジェイドさんの口調わかんねー!! ああもぅ、これじゃただのおっちゃらけたおじさんだよ!
 あ、ガイの扱いが酷いのは仕様です。うっかり苛める人欲しさに対象にしちゃっているわけではありません。
 書いてて思ったんですが、時間の経過を考えると…ジェイドさん…年齢が…ね。イヒ
 さ、次は問題の生物が登場でーす。