18.ベナースフ




懐かしい鳴き声に振り返ると、そこには色とりどりの小動物がいた。
そしてそいつらは自分たちに意識が定められたことを自覚すると、戸口にとどまったまま口々に鳴き始める。

「みゅうーみゅ みゅううっ」

「みゅみゅみゅっ」

「みゅううみゅっみゅ」

「みゅう!みゅっみゅっ!」

「みゅうう みゅーみゅー」

「みゅうー!みゅみゅうみゅうみゅう!」

「みゅみゅっみゅーみゅうー!」

「みゅう!みゅー!」

「みゅうみゅうみゅうっ!」

「みゅっみゅううみゅ」



 …ぷちっ



「みゅうみゅううるせぇぇぇッ!!潰すぞ!!」
『みゅうう〜!』

延々と鳴かれ続ければ、そう叫ぶルークの言葉も否定されることはない。
クモの子を散らすように森の中へと散っていった生物たち…チーグル達を見届け、ルークは苛立ちを空気に混ぜて吐き出した。

「何なんだいった―」
「みゅうぅ〜!!」

 ゴツッ

心の底からの疑問を屋内にいる二人に叫ぼうと体を振り向かせたその瞬間に、青い物体が鳴きながらルークの頭に飛び掛かった。
鈍い音はその頭部から。

「みゅみゅっみゅう!みゅうみゅうみゅう!みゅうう!みゅうみゅーみゅっみゅみゅっみゅうう!  みゅうみゅっみゅっみゅーみゅう!みゅう!」

器用にルークの頭にしがみついたままその物体…一匹のチーグルは喋り始めた。
しかしそれは、ルークにその頭を掴まれることによって中断される。

「やかましいいぃぃぃっッ!!」
「みゅうーっ!」

物凄い勢いでルークはそのチーグルを投げ放った。
美しい弧を描いて放たれたチーグルは、数度地面で跳ねてその動きを止める。
肩で息をしながらルークは再び屋内の二人に向き直る。

「ッなんなんだあいつらは!?」
「お、俺に訊かれても分かるわけないだろ!」

とりあえず一番近くにいたガイの胸倉を掴むルークに、ガイは慌てながら当然の答えを返す。
投げられたチーグルを目を細めながら見つめ、ジェイドはドアからその半身を乗り出した。青いチーグルはふらふらと千鳥足で起き上がりつつあり、それを遠巻きに他のチーグル達がこの家へと再び集まり始めていた。

「ルーク、もしかして今投げたのはミュウではないのですか?」
「…あのチーグルのガキか。」

いつもパーティーにくっついていた小動物を思い出し、ルークは引きつるような痛みを残す首を軽く回す。

「彼らは我々がこの家に上がりこんでいることを好ましく思っていないみたいですね。
 とりあえずここを出ましょう。」
「ジェイドあんた、わかるのか?」
「実はミュウと行動をしている時に簡単にチーグル語を教えてもらったんですよ。」
「…胡散臭いな。」
「まあ嘘ですから。」

口をへの字の形に歪ませて言ったルークの言葉を、ジェイドは変わらぬ口調で肯定した。



心地よい風の通り過ぎる森の中に、ルークの怒声が響いたのは言うまでもない。




とりあえず、会話ができないことには話が進まないので、三人と十数匹のチーグルはチーグルたちの住まう大木の元へ向かった。


「勝手にお家に入ったらダメですの!ルゥさん怒ってしまいますの!」

長老から借りたソーサラーリングを腰に引っ掛けたミュウは、大声でそう訴える。
ルークは地面を跳ねるその姿に例えようの無い苛立ちを覚えるが、思わず踏み出そうとするその足をなんとか堪えた。日記の一文に書かれていた、『ウザイ』という一言が今は心底共感できる。
沸き起こる葛藤とルークが戦っているのを他所に、ジェイドはミュウへと上半身を軽く傾けてみせる。

「はいすみませんでした。
 それにしても、どうしてあなた達はあそこにいたんですか?」

表面だけの謝罪を疑うことなく受け止め、ミュウはその短い首を小さく傾けた。

「みゅう〜ルゥさん、あのお家は秘密にしたいって言ってたんですの。
 たまに様子を見てくれないか?って言われていたですの。」
「あんなにたくさんのチーグル達がですか?」
「はいですの。ルゥさんみんなととても仲良しですの!
 みんな知らない人が家に入っていたから、いっぱい怒っていたですの。
 みんなルゥさんのことが大好きですの!」
「ふむ…ミュウ、彼女はどのような方なんです?」

そのジェイドの問いかけに、ミュウは大きな目を一度瞬いた。
そして放たれる元気な返答。

「秘密ですの!」
「…おや、どうしてです?」
「ルゥさんとのお約束ですの!」
「何を約束したんだ。」

そこで今度はルークが聞き返した。

「ルゥさんのことを聞きに来た人に、ルゥさんのこと絶対教えちゃダメですの。
 ルゥさんとそう約束したですの。」
「…そうですか。わかりましたミュウ、有難うございました。
 ルゥさんの話とは別にまだ聞きたいことがあるので、後でもう一度伺ってもいいですか?」
「どういたしましてですの!もちろんいいですの!」
「ルーク、ガイ。少し、彼女について話を纏めましょう。」

指で眼鏡の位置を整えてジェイドは薄い笑顔を消した。

「あの短い戦争で家を無くし、顔に怪我を負っている。一人の男性と共に生活をしている。この二つが『ルゥ』の情報。
 そして、顔を隠した黒髪碧眼の二本の剣を持っているという、二人が接触している女性が『ユリア』。この二つは同一人物だと言うことは間違いが無いでしょう。
 それぐらいなら特に気にも留めません。
 せいぜいルークが気にかけた女性だと記憶するぐらいですよ。」
「…………」
「ですが、ココまできて彼女に二つの疑問があることがハッキリしました。」

ジト目で睨むルークをものともせずにジェイドは続ける。

「一つは、彼女が身につけていたという服。
 そしてもう一つは、彼女が我々の事を知っている可能性があるということです。」
「どういうことだ?」
「白い生地に光沢をおびた紫の刺繍。それと緑の刺繍。
 その糸の独特の光沢は、ある貝の殻を使って染めているんです。
 ただ、現在その貝はこの世界に生きていません。
 既に絶滅していて、貝殻を保存しているのはマルクトの国庫の中に数枚ですよ。」

ガイとルーク二人が絶句する。

「独特の刺繍の柄だって同じです。あの刺繍は創世歴時代に一般的に用いられていましたが、現存されているものではない。
 あるはずの無いものが、新品同様の材質を保ってこの世界に存在していたんです。」


ありえない異質さ。


「ミュウを含めたチーグルたちに釘を刺した事だって考えればおかしいことですよ。
 普通、『チーグルと会話できる』だなんて知っていますか?」

ローレライの教団の聖獣といえども、そんなことを知っている人間など高が知れている。
魔物の一種であるチーグルが喋るなんて夢にも思わない人間が大多数だ。

「彼女はそれを知っていて、なおかつその限られた『会話ができる』事を知っている人間に警戒を行っている。おかしいではないですか。
 何故、一般人である彼女にそんなことをする必要があるんです。」




不可解な謎が浮き出たことに、ルークは正直動揺を隠せないでいた。

ありえない。
必要ない。



腕に抱いたあの体温は、果たして現実のものなのか?





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2006/09/18
 「みゅう」という単語をこんなに打ったのは初めてです。存外にきつかった…きつい、キツイ!
 問題提起されました。大変ですアッシュ!どんどん障害が高くなっていきますね。
 いいんです。若いうちは苦労するほうが華なんですよ。
 もうそろそろルーク出せますかねー…まだかかるかな。ふぐッ 頑張りますー