19.ベナースフ




ジェイド・カーティスはのどかな農道を歩きながら、器用に片手に持っていた紙に何かしらを書き込んでいく。
薄い青で縁取られたそれは、二通の手紙だ。

彼はエンゲーブのその道を一人で歩いている。
チーグルの森でチーグル達から話を聞いて、半ば無理矢理泊めさせられて帰ってきて、町に着いたそのときに他の二人と別れただけなのだが。

その理由が、今彼が書き込んでいる手紙だ。

一つはグランコクマ、ピオニー宛。
もう一つはユリアシティ、ティア宛。
グランコクマへは、10日を予定していた赤い髪の人間の探索期間の延長と、それに伴うアルビオールの飛行許可の申請だ。
日数で言えばジェイドには後三日ほど残っているが、ちょうどいい機会だ。貯まりに貯まった有給を使わせてもらう算段である。
後に残されている部下たちの苦労を思えば、まぁ…なんとほほえましいことか。
一月もすれば血判状でも届くかもしれない。
新たに作られた両国共同のレプリカ研究室に(ジェイドの代わりとして)無理矢理押し込んできたディストは、それこそ後を追いかけてきそうだ。

ユリアシティへは、例の「ユリア」を名乗る女性の服に関しての資料集めの意味がある。
未だにユリアシティの秘密主義は改善されていないので、この手紙はティアを通じたものになる。


インクの乾かない書面に視線を滑らせながら、ジェイドはチーグルの長からの返答を頭の中で反芻した。


『チーグル達を助けた赤い髪の小柄な人間は、南へ向かった。』


口を重くしていたチーグルの長はそう一言もらした。
なんでも、その人間も自分の存在を秘密にしたがっていたそうで、それ以上はチーグルが彼を裏切る行為になるから話せないと続けられる。
その件に関しては、ルーク達に慣れ親しんでいるミュウですら口を割らなかったのだ。


『ユリア』という女性も謎。

チーグルに係わったレプリカらしき人物の事も謎。


明朝、アルビオールの中でガイが毒づいた、「謎にすることの流行」もあながち否定できないのではないかと思う。

赤毛の子供に関しては本当に地道な作業しかないが、もう一人のユリアに関しては対応のしようがある。
彼女が接しているのはチーグルだけではない。エンゲーブの人間とも接触をしているのだ。
これは大きな差だ。
人が人を見る目というものはなかなか侮れない。

薄れることのない記憶の中の子供も、妙に的を得ている発言をすることもあった。

「…」

漠然とした理由で動くことを嫌う自分だが、ジェイドは軽く息を吐くことで変化する前の自分を懐かしむ。
戻りたいと思うことはないが。

しまおうと思っていたペンをもう一度握り直し、ジェイドはピオニー宛の手紙に一文書き加える。


『縁のあると思しき人物も加える。』


後はこれを封筒に入れ、この町の長であるローズの判を貰って速達で送るだけだ。

広い道にさしあたったところで、ジェイドの横を馬車が通り過ぎていく。
あのような馬車が通れる道は多くはない。
今ジェイドが歩いている道の先思うと、馬車が向かう先はどうやら同じのようだ。

穏やかに巻き上げられた土煙を見つめつつ、そんなことを考える。
それを空気中に溶かしていく風は清々しいものだ。
ややして見えてきたローズの家の前には、先ほどの馬車が止まっていた。

「っきゃーっ」
「あははっ」
「―おっと。」

甲高い笑い声を上げながら数人の子供たちが馬車を追いかけて走り、そのうちの一人がジェイドの身体にぶつかった。
その拍子に紙と一緒に持っていたペンがその手の内からこぼれ、そのまま地面を転がって近くの畑に落ちる。
立ち止まった子供はさっと顔色を変えた。

「ごめんなさい!」
「別に構いません。
 それよりも…置いてかれていますよ?」
「あっ」

ジェイドが指差した先を見ると一緒にいた子供たちはすでに馬車へたどり着いている。
焦りを露わにする子供に軽く笑いを禁じえず、ジェイドは拾いに行きながら子供を先へと促した。

「別にいいですから、前には注意して行きなさい。」
「は、はい!」

大きく返事をして子供は馬車へと走って行った。
死霊使いも丸くなったものだと次には自分を笑ってしまう。
畑の中の雑草の隙間で太陽を受けたペンは黒い光沢を放ち、まるでここは自分に相応しくないとでも言っているようだった。
ジェイドは腰を折って腕を伸ばし、尊大そうな異物であるペンを拾う。



同時に、馬車から威勢のいい男の声が聞こえた。



「おぅルゥちゃん!道中有難うな。またよろしく頼むよ!」
「こっちこそ!また何か入用だったら教えてください。」

負けじと張り上げられる若い女の声。
聞き覚えのない声だというのに、感情のどこかに引っかかった。

ジェイドはペンを指に捕まえたまま何を考えるわけでもなく、無意識に上半身を上げてその声の対象を探す。
その視界に入った、馬車から降りている御者と思しき男は、ジェイドの立ち位置から死角の方向へ手を振っていた。


何を考えるわけでもなく、ジェイドは走り出す。


すぐに馬車へ辿り着いて先ほどの方向へ視線を向けるが、そこにはもう人影はない。

「お、こりゃ軍人さん!どうしたん―」
「今の女性は?」

軍人のジェイドが走って来たということに目を丸くして驚いていた男を遮って、ジェイドは問いかける。
不思議だと物語っている視線に晒されるが、そんなものを気にするような器ではない。
男は一瞬理解が追いついていなかったようだが、ジェイドが真っ先に見た方向を思い出して合点がいく。

「は、ああ、ルゥちゃんですか。
 彼女なら食料の買出しに行きましたよ。」
「そうですか。
 では、不躾で申し訳ないのですが、これをローズさんに渡していただけますか?」

言うなり、ジェイドはその手に持っていた手紙やらを有無を言わさずに男に押し付けた。

「へ、へぇ。構いませ―」
「頼みます。では失礼。」

押し付けられた男の返答さえも遮って、ジェイドは早足で立ち去った。

後に残された大人も子供も、不思議そうに顔を見合わせる。

彼を知る人からは「らしくない」としか言われようのない行動だ。
ジェイド自身、何故このような行動に出るのか分からないでいる。
頭のどこかであのルークが、普段のルークからぬ行動をとったことを考え、それを小さく笑った自分を輪にかけて笑いたくなった。

馬鹿馬鹿しい。人のことなど言えなかった。


だから、追いかけようとした瞬間に迷わず走り出そうとした足を、理性で制御した。…などということは、心の奥に沈めておく。





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2006/10/01
 まさかこの人は壊す事はないだろうと信じて投下。
 頑張れジェイド!逃げ切れるかルーク!?
 ジェイドにぶつかった子供が羨ましくて憎いと思ったそこの貴女!
 触れたのは腿か!?腰か!?背中か!?(そんなでかい子供は嫌だ)
 私、自分で書いててそう思いました!(自白)