21.ベナースフ
打ち合わせた刀身は、力だけでなく、男の感情も込められているようでひどく重かった。
掬い上げるように放たれたその剣圧を流すことなく全身で受け止め、吹っ飛ばされた体で受身を取りながら男から距離を取る。
今の攻撃を受けたせいで見事なひびが入ってしまった鞘を右手で投げ捨てて、続く男の追撃を左手の剣で防ぐ。
手入れしたばかりの剣が傷むのは正直億劫だけど、男の様子を見る限りそうも言ってられない。
…まぁ、俺が挑発をしたんだけど。
上から押さえつけるように加えられる剣の隣に足を滑り込ませその力を逃がそうとしたら、動きに気付いた男がそれよりも先に体を退かせる。
構わずそのまま俺は踏み込んだ足に重心を移して、離れた男へ剣先を突き上げる。
「―おっと!」
男は体を捻ってそれを避け、その不安定な体勢のまま剣を横薙ぎに払った。
大振りの一撃は破壊力があるが、やはりその動きはある程度遅くなるものなので、俺は大して焦りもせず、突いて伸ばした剣を仰ぐように自分に引き寄せて、同時に体を伏せさせてやり過ごす。
手元は顔の前に固定させたまま剣先を下げて、伸び上がりざまに斬りつけた刀身は男の剣にぶつかって甲高い音をたてた。
動きは止めることなく左足を浮かして後ろに跳び、その間に振り上げていた剣を真っ直ぐ男へ落とす。
振り下ろした刃と構えなおされた刃が噛みあう耳障りな音があたりに響く。
すぐに弾き返された衝撃は左腕だけに伝えて背中側に振って逃がして、体はそのまま踏み込んで剣を振り上げていた男の左わき腹を踵で蹴りつけた。
固いブーツの底がそれよりかは柔らかい筋肉に埋まったのが分かる。
懇親の力を込めた蹴りはいくら男と女の体格の差があろうと効くものはキクだろう。
―ゲボッ
視界の外の、異物が巻き込まれている呼吸の音がダメージを物語っている。
…?
待て、わき腹蹴って内臓にダメージは与えられないだろ。
ハタと気づいて、動きを止めている男に顔を向けると、男は俺が力を加えた方向とは逆に倒れた。
つまり、うつ伏せに。
危うく潰されそうになるところを俺は寸でで脇に避ける。
途中、男の手に握られている剣を蹴り飛ばしておいてやるのを忘れない。
…自分の剣を敷きこんで死んだりしたら目も当てられないから、というのが理由なんだけど。
ドサッ
重い音を立てて地面に突っ伏した男は、それっきり動かない。
一応剣を握ったまま、その体に手を当てて生きているか確認をする。
脈もある。
呼吸もある。
別に死んではいない。
ただ、コイツを昏倒させた原因が思い当たらない。
「…な、何なんだ一体?」
「おや、気付いていませんでしたか。」
首を傾げながら呟いた独り言に、懐かしい声が続いた。
……
おぉおぉぉぉっ!!!????
男の傍に膝をついたまま俺は心の中で絶叫する。
やばい。
ヤバイ!!
「逃げろ」と鳴らされる警鐘と、「下手に動くと危険だ」という警告が自分の中で競り合っている。
俺的にはぜひ逃げたい限りなんだけど、体は硬直したまま背後の人物の接近を許してしまう。
「命を狙われていたのに相手の心配をするとは、お優しいんですね。」
優しい声音が聴覚を刺激するたびに、掌に汗がにじみ心拍数がガンガン上がる。
すげぇ元気そうで物凄く嬉しかったりするんだけど、それ以上に何でコイツがこんなところにいるのかとか、何で俺は動かないでじっとしちゃってるのかとか、解消される兆しのない疑問ばかりが浮かんでくる。
…現実逃避をしている暇はない。
混乱している意識の外で確実に、自分の傍に近寄ってくる足音を聞き及んでいるのだ。
ヘマをするわけにはいかない。
「…誰だアンタ?」
極力声を低くして問いかける。
怖すぎて振り返れないが…
「はじめまして、私はジェイド・カーティスと申します。
ルゥさん、でよろしかったですか?」
丁寧な返答に全身が鳥肌を立てた。
だ だめだ! ヤバイ!!
怖い怖い怖い!!
走って逃げたくなる衝動を抑え、俺は声を絞り出す。
「…えーと、もちろん『さん』付けは勘弁してくれるよな。
…私は『ルゥ』ですが、なんで、こんなところにジェイド、さんが、いるのでしょうか?」
「先ほどの騒ぎを拝見させてもらいました。中々興味深かったですよ。
女性が一人で抜き身の剣を持った男と対峙するという危機的な状況でしたので、急いで後を追わせてもらいました。もっとも、その必要も無かったようですが。
ご無事で何よりです。」
「は、ははははは。有難うございます。」
…やだ。
いーやーだー!!こいつ怖ぃ!!
平時の声を覚えているもんだから、余計に怖い。
この声は何か目論んでいる声だ。
人を手玉にとってころころころころ転がす気満々な声だ!
よく見てみたら倒れた男の背中にうっすらと焦げ目がついている。
もしかしたらジェイドが何か譜術を放ったのかもしれない。
…多分きっとそうだ。
しかも名前まで知っているとなると俺の情報は町の皆から聞いているんだろう。
ということはきっと住んでいる場所までばれている。
今ここから逃げても追い詰められる可能性が高い。
「いえ、それほどのことではありませんよ。
それにしても、素晴らしい身のこなしですねぇ。一体どちらで学ばれたんですか?」
考えが纏まらないうちに話が進む。
ちょっと待て。頼むからもうちょっと待ってくれ!
「…えーと…家で、ですね。」
「どちらのご出身で?」
「…セントビナーからアクゼリュスの間のどっか?
その近辺だったような…」
コーラル城で見つかったって言うんだから、そのぐらいの位置で別にいいだろう。
…別に嘘は言っていない。
「あの辺りですか。」
「詳しく知ってた人たちは、皆もう、いない…から、ぉ―…私は、わかりません。
…ので、これで、失礼…します。」
抜いたままの剣をマントの端で包みながらじりじりと膝で前進する。
横目で、投げた鞘を捜すけれど今見える範囲にはないみたいだ。
だめだ。あれも回収しなきゃ。
あれもローレライが作ってくれた物だからジェイドの前に残すわけにはいかない。
「探し物はこれですか?」
「…―なっ!?」
飄々とした声の方向に思わず上半身を捻った。
記憶にある姿と寸分違わないという不思議な男は、その赤い瞳を僅かに見開いてそこに立っていた。
その右手には、バックリと割れた俺の鞘。
…あ、投げたのがもしかしてトドメだったのか?
「か、返してください!」
慌てて立ち上がるが、怖くて近づけない。
その戸惑いを察知したのか、ジェイドは物凄く綺麗な笑顔を浮かべて、俺へ鞘を差し出してくれる。
「…もちろん、構いませんよ。」
「………」
笑顔は逆効果だ。
本気で怖い。
「…どうも。」
震えそうになる腕を心の中で叱咤して、その鞘をそっと握った。
「…………?」
こちらが引く力に確固として動かない鞘。思わず眉をひそめる。
肘を曲げて腕を引くけど、全然動かない。
「綺麗な翡翠色の瞳ですね。」
「……………どうも。」
ぐい
ぐぐぐぐぐっ
「…放して、いただけませんか?」
「いえ、別れるのが勿体無くて。」
ずいぶん高い位置にある視線を、極力見ないように心掛けて更に力を込める。
ぐぎ ぎぎぎぎっ
音は主に、自分が握っている所から生まれている。
俺の手はじりじりと滑るばかりで、目の前の男の手からこの鞘は動こうとしていない。
…しかし、俺が見る限りまったく力を入れていないように見えるのに、どうなっているんだコイツは!?
「わけわかんねぇ事言うな。―放せ。」
「ここで会ったのも何かの縁。
ご一緒にお茶でもいかがですか?」
「はぁ!?」
突拍子のない発言に、反射的に叫ぶ。
跳ね上げた視線の先の男は先ほどと変わらない笑顔だ。
その笑顔は見覚えがある。
…アニスと一緒になってガイを弄っていた時の顔だ!
ずるっ
「―ひぇっ」
集中が逸れたせいか、はたまた笑顔が持つ意味を端的に理解したせいか、うっかり鞘を握っていた手を滑らせてしまい、ジェイドしか写っていなかった視界が急速に晴れる。
溜まっていた力と重力に逆らえず、俺は無様に尻餅をついた。
マントに包んでいるとはいえ剣を手放すわけにはいかない。
「大丈夫ですか?」
ジェイドは笑顔を変えずにコチラへ歩み寄ってくる。
尻を打ちつけたお陰で、躊躇いとかも一緒に落ちたのか頭の中がスッキリしてきた。
ジェイドが一歩、歩を進める間に頭の中の整理を終える。
元気そうで嬉しい。
歳をとっているように見えなくて怖い。
俺は、自分のことをバラす訳にはいかない。
以上。
「…大丈夫だから近づかないでくれ。」
絞り出した声は、ひどく情けないものだ。
朝っぱらから、何なんだ一体!!
next→
2006/10/06
超 話進んでいない。なんだかとても申し訳ない21話目です。
何だこのやり取りは。
ちなみにジェイドの難破はわざとですよ。暗にアッシュと同じことしてほくそ笑んでいるんです。
勢いよく二人を会わせたら、その勢いのままルークをどこかへ逃がしてしまいそうなので、ちょっと遠慮したらこれだ。
静かに会わせたら場面が変わらない。これは盲点だった。
だって、ルークを走って逃げさせたらジェイドさんも走らなくちゃならないでしょう?
40近くの人を走らせる描写なんてできない!
………
いや、でも、まぁ…自分の性分に合わない書き方をしちゃだめってことですな。教訓です。