22.ベナースフ




「…助けてもらったのはこっちだから、一応礼は言うよ。ありがとう。
 それで、聞きたい事ってなんですか?」

自分のマントを剣に巻きつけて己の胸に抱いている少女は、憑き物が落ちたような顔をして言い放った。
澄んだ碧の瞳は宿に残してきたあの青年となんら変わりない色で、躊躇い、悩む感情の動きまで似ている気がした。
剣に巻き取らせている分大きく口を開けたマントの内側に着られている服は、ルークが持っている布の切れ端と、先日彼女の家で確認した服と同じもののようだ。
旅をする者の着る服とは思えないほど白に保たれた服。

「少し、お話を窺いたいだけです。
 すみません。悪戯が過ぎましたね。」

少女に言われるまま立ち止まった場所に佇みもう一度すみません、と謝る。
すると、少女は数拍の間を空けて小首を傾げて見せた。
その瞳は不思議そうに揺らいでいる。

「心の底から思ってねぇだろ。それ。」

たどたどしい口調を一変させて、ゆっくりと砕けた言葉を紡ぐ。
自分の言わんとすることを確認しながらの発言だ。

「ハハハ、否定も肯定もしませんよ。そう固くならないでください。
 ではまずは簡単なものからお聞きしましょうか。」
「うん?」
「その服のことです。」
「…ふ、服ぅ?」

一度目を瞬いて少女は高い声を上げた。
そして剣を片腕に抱えて、開いた片手で自分のスカートを引っ張って見せ付けるように広げる。
…ズボンを下に穿いているとはいえ、年頃の娘らしからぬ行動に内心で眉根を寄せる。

「マントは適当に買ったやつだけど、何でこんなのが関係あるんだよ。
 これは人からの貰いもんだ。」
「その人は今どこに?」
「えーと…ここからバチカルぐらいの方向に行ったはず。
 何をしに行ったか、詳しくは知らないな。」

服を手放して指先をバチカルへと向ける少女の言葉尻を拾う。

「曖昧にはご存知なんですか。」
「…あ、いや。ごめん知らない。
 そいつはともかく、この服がなんかあるのか?別にただの服だろ?」

髪をぱさぱさと揺らしながら首を左右に振り、質問を返してくる。
地面に座ったままの少女に優しく笑顔を向けながら、手に持っていた鞘を少女へ返す。

「それは後々説明します。
 まずはこちらの質問にお答えください。」
「あ、そ。
 で?他には何を聞きたいんだよ。」

ぶっきらぼうに言いつつ受け取った鞘の中に剣を押し込み、ベルトをぐるぐるに巻きつけて応急処置をする。

「そうですね、一緒に暮らしている男性はどのような方ですか?」
「……身勝手・自己中・傲慢・無神経。
 そんなヤツ。」

目を据わらせてきっぱりと言い放った。
偽りのなさそうな言い方から考えて、聞き及んでいるような関係ではないようだが。
ふむ、ルークが喜びそうですね。

「おやおや、随分な言われようですね…その人の生まれなどはご存知ですか?」
「自分より年上ぐらいしか知らない。
 あんまり家にいないから。」
「では、今もおでかけですか?」
「うん。」
「では、どこに?」

畳み掛けるように聞く、少女はとまともに表情を歪めた。

「…ケセドニア…じゃなかったかな。あのぐらい、な、はず。」
「ケセドニアというと、最近貴女もいた場所ではないですか?」
「なっ…なんで知ってんだ!?」
「黒い髪に緑の瞳の女性に会ったと、人から聞いたんです。もっとも、その人の名前は『ユリア』だと記憶していますが…その反応だと同一人物でよろしいようですね。」
「………」

驚愕に満ちた表情で硬直し、少女は口を噤んだ。

「どちらが、本当の名前ですか?
 それともどちらも本物ではありませんか。」
「べ、別に、あんたに関係ないんじゃないのか?」
「関係ない訳ないでしょう。戦乱の時代は終わったのです。
 これからマルクトの治世を敷くにあたって、守るべき国民を把握することは当然なのです。違いますか?」
「……」
「嘘、偽りは許しません。
 もう一度聞きます。あなたの名前は?」
「……」
「生まれた場所。家名。それらを答えなさい。」

目を伏せる少女を見下ろす。
負傷した鞘を握る手は、力が込められすぎて白く色づいている。
見ている目の前で小さく深呼吸をして顔を上げた。

「……生まれた場所は、さっき言ったまんま。
 名前は、ユリア。嘘じゃない。両親はもういない。家もない。
 家名なんか、持っていないんだ。」

視線を漂わせながら言われても信用できるはずが無い。
露骨に息を吐きながら指先で眼鏡のブリッジを押し上げる。

「平行線ですね。
 これ以上不毛な話し合いはしたくないのですが。」
「なんで俺なんかに拘るんだよ〜!」

剣を両腕で抱き直して、少女はそれに頭を押し付けて唸った。
一人称の変化は、素が出たのだろうと納得する。

「貴女に不審なところがあるからですよ。
 困りましたねー。質問が詰問に切り替わりそうです。」
「絶対今でもあんま変わらない…頼むからもう帰らせてくれ。」
「それはもちろん許しません。」

懇願する少女の意見を一蹴して、少女から森の方向へ顔を背ける。
予感とはよく言ったものだ。



 がさっ



視線が刺さる茂みから、木の葉が不自然に擦れる音が漏れた。
彼女が剣を抜き放つのを気配で感じながら、右手に在る己の武器に意識を走らせる。町のすぐ外れとはいえこの辺りも魔物は出没するのだ。
先程の男とのやり取りを見る限り何の心配も無いだろうが、どさくさに紛れて逃げられても困る。

「…アンタ、俺に殺意向けてないか?」
「気のせいですよ。」

おや、意外と鋭い。
そうしている間に、茂みの奥の殺意が膨れ上がる。
まあ数で言えば10匹と少し。

「援護します。前衛は任せましたよ。」
「はっ、そりゃ心強い!」

統率の無い殺意がはじけると同時に茂みから雪崩れ出る獣の群れへ、すぐ傍から土煙を混じらせて少女は踊りかかった。
左手に握られた剣はすっかり高くなった太陽の光を乱反射させつつ翻され、少女へ飛び掛ろうとしていた獣が、力を溜めた低い姿勢のままその刀身に散る。
そして少女は勢いに浮いた屍の間に躊躇うことなく体を割り込ませ、距離をとろうと二の足を踏んでいた魔物へ剣を突き立てた。

躊躇いが一切無い戦い方に改めて嘆息をこぼす。
巧い。

魔物から剣を引き抜きつつ、その場で右半身に向き直り、茂みから飛び出したばかりの魔物を数匹続けて鮮やかに滑らされた剣で葬りさった。

「タービュランス!」

無防備な少女の背中を狙う三匹を、纏めて譜術で塵に返す。
風が湧き踊る背面へ視線を向けることなく、少女は強く踏み込んで空気中で瞬く音素の向こうにいる魔物を斬り捨てた。
これで10匹。


 キキキッ!


少女の攻撃をかいくぐった2匹の鳥型魔物が空を切ってこちらへ飛び掛かる。
それを苦も無く出現させた槍で叩き落すと、少女が最後の一匹に剣を突き刺している姿が目に入った。

「ずいぶんあっけなく終わりましたねぇ。」
「この辺りのレベルなら楽勝だろ。…途中はありがとう。」

いえいえ、と軽く答えて地面に転がる魔物の死体に視線を巡らせる。
ココまでの数が徒党を組むのは珍しい。
…何か獲物でも追ってきたのだろうか。



 がささっ


 シ  ビィィーーーーーン!!



再び揺れた茂みから、鮮やかな赤い閃光が走った。

「うぉあ!!」

少女は寸での所で避けてその茂みから距離をとる。
目眩のように自分を蝕む確信に、私は眉間を指で軽く押さえた。



『はぁーっはっはっはっはぁっ!!見つけましたよジェーィド!!』


静かな森の梢を揺らす騒音に、真面目な殺意が浮いた。

私の邪魔をしなければ気がすまないのかこの馬鹿は。





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2006/10/11
 は 話しが    進まない!!
 いや、次!次こそは話が進むから!!ね!?そうだよね!!(泣)
 いい加減にアッシュを出したいよう
 また戦闘シーンを書けてホクホクな作者です。 ハァハァ 共同戦線!おいしい!
 さぁ ココからもりもり進めるといいな。
 お馬鹿さんいらっしゃーぃ!