23.ベナースフ
『驚いているようですね。
まあそれも無理ないでしょう!』
がしょん かしょん がしょん
ぷしーっ
『私の手にかかればこの広い世界の中から貴方を見つけ出すことなど、赤子の手を捻ることと変わりはなぁい!』
がちょん がしょん
『フフフ、さあ!驚き、私を讃えなさい!
この、超天才薔薇のディスト様を!』
ウィーン プシーッ
蒸気をあげて茂みから飛び出してきたのは、二足歩行の子供ぐらいの大きさの譜業だった。
その機械の口の付近から蒸気が漏れている。
声の主はどこにも見当たらないとルゥが辺りを見回していると、譜業が右手を伸ばして正面から少女に指を指した。
『そして、ジェイドから離れなさい!この雌ブウサギが!!』
「めっ―めす。」
ピロピロと眼の位置にあるランプを光らせた譜業に言い放たれ、ルゥはしばし絶句する。
馬鹿だの屑だの言われたことはあるが、初めて言われる罵倒にショックが隠せない。
ルゥの傍に歩み寄りながら、ジェイドは小さく溜息をついた。
「無駄に性能はいいみたいですが、好きに喋っていいですよ。
対話する機能はついていませんから。」
『そして、ジェイドから離れなさい!この雌ブウサギが!!』
ジェイドの言葉に被せられるように放たれたのは、先ほどとまったく同じ音声だ。
対話するという、通信系の譜業を搭載していなくても、歩行し人を判別し、はたまた認識した人に応じて発生させる声を使い分ける。無駄に高スペックだ。
国庫を使って罪人に何を作らせているのかと、それを許す幼馴染にジェイドは届かない悪態を飛ばす。
「へぇー、よく分かる、な…って、何でこっちに寄って来るんだよ。
アレがうるさいじゃないか。」
『そして、ジェイドから離れなさい!この雌ブウサギが!!』
「すみませんねぇ〜まだまだお聞きしたいことがあるんですよ。
当分お付き合いください。ユリアさん。」
「嫌だ。もういやだ。面倒くさい。帰りたい。」
「なんでしたらお家をお伺いしますが?」
『そして、ジェイドから離れなさい!この雌ブウサギが!!』
「い、嫌味か!?」
『話を聞きなさァいィィィ!!』
ビィィィーーーーンッ
「うぉわー!」
譜業の胸元から放たれたレーザー光を避けて、ルゥはジェイドから距離をとった。
レーザー光を撃つことと、発する声にはかなりパターンがあるようだ。
光の這った後に、焦げた地面が残る限り悠長なことは言えまいが。
『まったく!人に面倒事を押し付けるだけ押し付けて、私がどれだけ苦労をしたと思っているんです!?丸投げできるような内容じゃないでしょうが!
とにかく、これは機密通告です!
今すぐ一人になって、この「タルロウXMix」からの私の美声を聞きなさい!!』
続けられた声にジェイドは眉間にしわを寄せた。
『機密通告』?
「…ほら、一人になれって言ってるじゃないか。」
「だからといって貴女を逃がすわけにもいきません。
さて、困りましたね…」
全然困っていないような口ぶりのジェイドに、ルゥは再び叫ぶ。
「なんで、俺に拘るんだ!?」
ルゥにしてみれば怪しい人間に対して、ここまで彼が詰め寄る理由が無い。その辺の兵士たちを捕まえてけしかけてやれば済む話なのだ。
(そうしてくれれば逃げることができると言うのに!)
対するジェイドは、口元の弧は変えることなく目を細めて少女を見下ろした。
「…コンマ数パーセントの可能性だからです。」
赤い瞳に宿る真摯の光は、疑問を口に出せない程の圧力があった。
ルゥは数回瞬きをしてジェイドの指す『可能性』の結果を探すが、心当たりは引っかからない。
『コラー!!私を無視するんじ―』
ガチョン
叫んだ声が途中で止められる。
慌ててそちらに目を向けると、一匹の魔物に踏み倒されている譜業の姿がそこに。
…先ほどの群れは、この譜業を追ってきたのだろうか。
「エナジーブラスト!」
唸る魔物を一瞬で葬り、ジェイドは違和感を感じさせない滑らかな動きでルゥに歩み寄る。
そして腰を折って、逃げ損ねたルゥのマントを握った。
それが当たり前と言うように。
「構いません。話しなさい。」
そして譜業へと向き直り、信じられないことを告げる。
まともに顔色を変えたのはルゥだ。
「ちょっと待て!ちょっと待ておっさん!
その手は何だ!?離れさせろよ!!」
譜業は「機密通告」と言ったのだ。
だったらそれはいっぱしの傭兵気取りの国民が聞いていいものではない!
ぐいぐいとマントを引っ張るがそれはびくともしない。
『ぴー ガガツ …ちゃんと、責任は自分で取ってくださいよ。』
「ぎゃああ!やめろー!!」
ルゥの悲鳴虚しく、譜業の声は淡々と吐き出した。
『今すぐ、ダアトへと向かいなさい。これはガルディオス伯、被験者ルークも含めてです。アルビオールの使用許可は出されています。それと―』
『おぉーいジェイドー 緊急だ緊急。』
『なっコラー!今録音をしているんですから、邪魔を―』
『馬鹿を言うな。お前の声だけだったら潤いが無いだろう。
下手をしたら一撃で破壊されかけない。』
『きぃー!ジェイドがそんなことをするわけが無いでしょう!
この傑作の譜業を目の前にして!!それにあなたの声のどこが潤いだと言うのですか!気色の悪い!!』
…先ほど、魔物を攻撃するために放たれた譜術は、譜業の背中をこんがりと焦がしている。情け容赦の類は感じられない。
『我ながら美声だとは思うんだがなぁ。
ぶっちゃけると、第四音素の観測数値の異常と譜石の盗難事件が起きたことだ。
前者に関しては詳しくは知らないが、もう一つに関してはどうもキナ臭くてかなわない。向かう道中でも警戒をして欲しい。』
『機密をべらべらと話す皇帝がいますか!!
いい加減にどきなさい!録音時間が少なくなるではないですか!!』
『ついでにユリアシティでティアを拾ってやってくれ。
不自然に連絡が取れないらしいからな。』
『私に話せと言った内容を全て話す人がいますか!
何をしに来たんですかアナタは!?』
『いや、この譜業を眠らずに作ったお前を労わってやろうと…』
『ひ、ひぃぃっ!よよよ、余計なお世話にも程があります!!
いい加減にマイクを放しなさい!録音時間が―』
『もう話すことは無いだろう。
ん?これを押せばいいのか。』
『ア゛ーッ!! ちょ 触―』
ブツッ
きゅるきゅるきゅる カチッ
『この「タルロウXMxix」はちゃんと回収するんですよ!
帰る分のバッテリーは積んでいないんですからね!!』
ぶつっ
シーン
「やれやれ、騒がしい人たちですねぇ。
これは困った。こんな大切な話を、一般人に知られてしまいました。
言いふらされても困ります。というわけで、ついて来ていただきましょうか。」
はっはっは、と笑いながら言うが、ルゥからの反応は無い。
視線を滑らせると、少女は顔色を青くして譜業を見つめて硬直している。
そしてしばしの間を空けて、ジェイドへ視線を向けた。
血の気を失った表情に浮かぶのは、困惑と恐れ。
「アンタ、一人じゃないのか?」
わななく唇が乾いた声を紡いだ。
否定もせずに見つめると、ルゥはジェイドの掴んでいるマントを思いっきり引っ張った。
掌に絡み付けて握るそれは、びくともしない。
「…一人じゃないんだな!?」
「それがどうかしたんですか?」
ぐいぐいとあらん限りの抵抗を始めたルゥに、ジェイドは特に表情を変えることなく問い返す。
妙な焦り方をしているのは気のせいではない。
「さっきのやつが言っていた二人も一緒なんだな!?」
「何か不都合でも?」
「係わりたくないだけだ!放せ!!」
「それはできない相談です。」
胃が沸騰するようなもどかしさを覚え、ルゥは悲鳴のような声を上げた。
「―ッ放せぇ!!!」
「何をしている貴様ら!!」
すぐに続いた怒声に、ルゥは小さく「ありえない」と呟いた。
動けない自分ができる逃避といったら、それぐらいしか残されていないのだ。
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2006/10/15
こんなディストの出し方でごめんなさい!!
そしてっ
それ以上に!!
い、一行!! orz
………頑張って続きを書きます。
シリアス方向に転がってくれることを願います。…切に!!