24.ベナースフ




 魔物の群れに追いかけられている譜業が町へ向かっている!
 このままでは雪崩れ込んでくるぞ!


駆け込んできた行商人がそう叫んだのを聞いて、すぐにその方向も聞き出す。
数で言えば10匹前後。
このあたりの魔物の強さを考えるのであれば俺たちにしてみれば何の苦労もない相手だ。だが、一般の人間にしてみれば十分脅威と言える。
それでも、さすがいきなりパニックになるようなヤワな住人達ではない。
が、早々に対応を取らなければいけないことは明白だ。
ローズさんに魔物たちは自分たちが迎え撃つことを伝え、俺とルークは二人で教えてもらった街の外れへと向かう。

「…いやしっかし、久しぶりなもんだな。」
「何がだ。」

歩を弛めることなく剣の鞘を撫でて俺が言葉を漏らすと、先を行く赤毛頭はこちらに視線も向けずに問い返してきた。

「こーやって、お前と肩を並べることがだよ。」
「…チーグルの森で何度か戦闘はしただろう。」
「それはそれ。これはこれだ。
 懐かしいこともあるし、新鮮っていう意味もある。」

言外に含めた意味はそのまま流れて空に残る。
言った言葉に後悔は無いし、それを突きつけることに躊躇いも無い。

「忙しいやつだな。」
「多感って言ってくれ。」
「過敏だろ。」
「それはお前だって同じだ。」

前を歩く足がぴたりと止まる。
予想をつけていた行動なので、コチラも同じように足を止めた。
風もない林の中で、朝の日の光と鳥のさえずりが辺りを揺らし、その中に雑多とした小動物の気配が紛れる。
そんな穏やかな空間に、今にも切りかかってきそうな殺意を放つ人間が目の前にいた。
鞘を握る手が震えていることが後ろからでも窺えた。

「…余計な口を叩くな!」

てっきり爆発するかと思った感情は、彼自身の理性によって鎮火する。
そして今度はやや小走りで進みだす。

こじれを修正された話をほじくり返すような趣味は無いので、返事もすることなくその背中を追う。




それからいくらか進まないうちに、前方に人の気配が感じられた。
話を聞いていた限り、魔物に追われていたのは譜業だとことらしいのに…もしかして誰か巻き込まれているのか?


 ―とり………ん  な !


若い女の叫ぶ声が微かに届いた。

「ルーク、聞こえたか?」
「……ああ。」

言い争っているのか僅かにしか聞き取れなかったのに、そこにはらんでいる怒気が窺えた。
調子を確かめるように鞘を撫でていつでも抜けるように歩幅を調整する。


 ―…たくな…だけだ!放せ!!


再び耳に届いた声を聞いて、ぴたりとルークが足を止めた。
気持ちは分からないでもないが、思い至った声の主に俺は自信が無いので、隣に立つようにして足を止める。
覗き込んだ表情は、先ほどまで今にも掴みかかって喧嘩をしそうなほど近づけられていた眉頭が離れ、見る者を威圧してみせる翡翠の瞳は軽く見開かれていた。

瞬時に重く纏っていた腹ただしげな空気が晴れ、目に見えて幸せそうな空気に変わる。
初めて見る激しい機嫌の変化に、俺は一度思考を止めた。

…現実逃避?
そうだ。それが相応しい。

…あ、コイツ、嬉しいんだな。


「おい、ル―」

話しかけようとした言葉よりも一拍早く、ルークは弾かれたように声の方向へ駆け出した。
赤い残像を残したその勢いは、暴発した譜業を思い出させる。
そうじゃないだろうと、意識を強引にリセットして先を行く体を追いかけた。

「ルーク」
「ッ放せぇ!!」

発した声は、悲鳴のような叫び声に掻き消された。
同時に遠くなった背中が更に加速して、茂みの奥へと身を躍らせる。
葉っぱの隙間から僅かに見えたのは、青い軍服と、砂色のマントだ。

予感が確信へ変わる。



「―何をしている貴様ら!!」



そして空を裂かんばかりな怒声があたりに響いた。
喜色を帯びた空気はどうして消えたのかと思えば、まあ、きっと。マントを着ている少女のすぐ近くに見知った人影が立っていることが理由だろう。
無下に払われた茂みを掻き分けて開けた場所に出ると、こちらを凝視している赤い瞳は軽く見開かれ、碧の瞳は大きく見開かれた。

「おやっ奇遇ですね〜どうしたんですかこんなところで?」

硬直している少女のマントを握っている軍人…ジェイドは、楽しそうな笑みを浮かべてルークへ質問を返した。
少女は予想の通り、黒い髪に碧の瞳、布ですっぽりと顔を隠している風貌。
ユリア――いや、ここでは『ルゥ』と名乗っているあの子だ。

「先に聞いたのはこっちだ!答えろ!」
「何と言われましても―おっと。」

食って掛かっているルークの対応をしているジェイドの目の前で、少女は掴まれているマントを思いっきり引き寄せた。
僅差で気づいて衝撃に構えたジェイドのお陰で、残念ながら開放されることはない。
むしろ勢いに負けて踏ん張っていた足元がずりずりとジェイドへ近づいていっている。


 ずるっ

「ひぇっ」

全員が見ている目の前で、限界まで頑張っていた足が地面との摩擦を手放した。


 べちゃっ

「いてっ!」


マントを掴んでいる手を仰ぐように仰向けに滑って、少女はそのまま尻餅をつく。
何が起こったのかわからないといった呆けた表情を晒したと思ったら、次の瞬間には耳まで真っ赤にして恥らっている。
20歳過ぎとは聞いていたが、それ以上に幼く見える行動に思わず頬が緩んだ。
すると、ぐるりと宙を窺った少女はきつく目を細めて叫ぶ。
(真っ赤な頬はそのままだから威圧感はまったくない。)


「なっ―き、気持ち悪い目で見るな!笑いたきゃ笑えー!!」



俺一人に対する言葉ではなかったので、ここにいる一同の心が一つになっていたのだと間接的に理解する。



男同士で気持ちが一つになっても、あまり聞こえは良くないが。





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2006/10/21
 …視点を意識して変えて書いたら結構中々難産でした。
 目に見えて機嫌が上下したアッシュを書きたかったというのが9割方の理由ですが。
 慣性の法則に負けるルークが書けて満足です。
 次は私のペースを取り戻して、喧々轟々♪ 慌ただしく続きます!
 頑張れアッシュ!負けるなルーク!役得だジェイド!(ェ?)