25.ベナースフ
ガイは子供を見るような温い笑顔。
アッシュは薄く口を開いた馬鹿面。
ジェイドは空気でも見ているような無表情。
その視線はしっかりと俺に突き刺さっていた。
そりゃあそうだろう!
隙を突いた気満々で逃げようとした人間が、1人相撲然りで勝手に滑って転んだんだから!
「笑いたきゃ笑えー!!」
羞恥の感情をぶつけるように叫ぶと、ジェイドが正気を取り戻したようだ。
指先で軽く眼鏡のブリッジを押し上げて薄い笑顔を貼り付ける。
「女性を笑うなんてそんな失礼なことはしませんよ。
手をお貸ししましょうか?」
「いらねぇよ!離れろそして放せ!!」
「お断りしますv」
「〜ッムカツク!!
そこの二人も突っ立ってないでこのおっさんどうにかしてくれ!!」
手に負えない人間の対応に助けを求めようと視線を上げると、アッシュが物凄い顔でコチラを睨んでいた。
いつぞや、ケセドニアで睨まれた時と同じ視線。
心当たりのない敵意。
…おい、前回だってそうだったが、そんな目で睨まれる覚えはないぞ!!
「なんだよ?」
掴んでいるマントを支えにして仰向けに上半身を浮かしたまま、睨んでくる同じ色の瞳を睨み返す。
するとどうだろう。いきなりヤツはコチラへ歩み寄ってくるではないか!
「――ッ!!!!」
反射的に体を起こし、アッシュを視界から除外してその勢いのまま立ち上がる。
そして林の緑ばっかを映していた視界が、青く染まった。
青色の壁が眼前に迫っていることにようやく気がつく。
迫ってきたんじゃなくて自分から飛び込んでいったんだけど。
「ぶへ!」
「おっと。」
その弾力の欠片もない壁に顔面からぶつかると、頭上からおどけた声が上がる。
その正体が何なのか分かっているはずなんだけど、後ろを振り返ることの恐怖が先立って思わずその壁に思いっきり両腕を回してしがみついた。
一息ごとに肺に流れてくる品のいい香りは懐かしいものだ。
「…おやおや。」
まともな神経の持ち主なら突き飛ばしてもおかしくないぐらいの力を込めて抱きついているのだが、仰ぐことのできない頭上では先ほどとまったく変わらない軽い声が漏れた。
手応えとしては結構骨が軋んでいるように感じるんだけど…コイツに痛覚はあるのだろうか?
「いや〜熱烈ですね。年甲斐もなく照れてしまいそうです。」
毛の先ほども思っていないことを口にする男は、己の胸元にしがみついている俺の背中を優しく撫でた。
久しぶりに全身で感じる人の体温の近さに、不覚にも目の奥が熱くなる。
気が動転しての行動だとは認める。
初めて顔を合わせた人間同士が何で抱き合うのかなんて、ありえないってことも認める。
しょうがないだろ。
気が動転していたんだ!
「―な、にを、しとるか貴様ーッ!!」
「るる、ルーク!オーバーリミッツを発動して何をするつもりだ!?
落ち着け!落ち着けって!!」
刃物が鞘を擦る音とアッシュの叫び声が響き、それを落ち着かせようとするガイの声が続いた。
その懐かしさの共存に俺は短く息を吸って、両腕に更に力を込めて未だにしがみついている人間の胸に頭を押し付ける。
いい加減に振り払えばいいと思うのに、ジェイドはされるがままになっているっていうのもおかしな話で…というか、先ほどからあやすように俺の背中をさすっている手の存在も不思議だ。
背後のアッシュが激昂していることも同じようにおかしい。
混乱で、焼け付くように慌ただしかった思考がようやく落ち着いてきた。
そして辺りの状況の不自然さに気づき、口の端を歪める。
ありえない。
彼等らしくない行動の数々が、俺の中のルークを殺していく。
優しい仕草や言葉が別れを告げているように錯覚する。
なんて傲慢な悩みだ!
(突き放しているのは自分だと理解しているから性質が悪い!)
グンッ
「んぐっ!」
突如、背面から首を圧迫されて一瞬視界が真っ白になった。
密着していた温度が離れていって、ようやく俺は自分のマントを引かれたのだと理解した。
たたら踏みながら絞まっていたマントの襟口に手を突っ込み、呼吸可能な安全圏を確保する。
「いつまで引っ付いてやがる!?」
「私に食って掛かるのはお門違いでしょう?」
罵声の先はジェイドだが、俺はその罵声の発信者へ迷わず向き直った。
「―触るな!!」
バチンっ
勢いを弱めることなく振った手先でマントを握る腕を払い落とす。
油断していたのかあっさりと放されたマントを、払った手で巻き取り掴まれないように対策をとる。
「どいつもこいつも何考えているんだ!?
関係ないだろ!放っておけよ!!係わるなよ!!」
呆然と俺を見つめるアッシュを睨み、更に声を張り上げる。
「―ジェイド・カーティス!!」
「なんです?」
「何を訊きたいのか単刀直入に言えよ!俺をややこしいことに巻き込むな!
それと、お前もだ『ルーク』!なんで俺にちょっかいをかける!?」
変な執着を見せるアッシュに問うと、ヤツは小さく体を強張らせた。
叫びすぎて渇いた喉に唾液を流し込み暴走しそうになる思考も落ち着かせる。
ちくしょう。
ここを逃げたら、きっともうあの家には戻れなくなる。
あのジェイドが行動を起こしていたんだ。あの場所にいながら、その魔の手から逃れるなんてことはできないだろう。
ようやく慣れて安定した生活だったのに、何もかも台無しだ!
「―なっ」
こっちを凝視したまま硬直しているアッシュが、小さく声を漏らしてぎょっと目を見開く。
自分と同じ色の瞳を刺すように睨みながら、俺は今更ながらにムカついた感情を吐こうとする。
こいつと、ケセドニアで会ってから、ろくなことがない。
そうだこいつのせいだ。
ジェイドが俺の存在に目をつけたのも、ローレライがザオ遺跡で普段以上に傲慢だったのも、宿で替えの下着が無くなってたのも皆こいつのせいだ!
少しも落ち着いていない頭の中ではじき出した答えが、どれだけ理不尽なものか分かっている…気がした。
「なんで、俺に関わってくる!?」
「お、俺が知るか!!今回は偶然だ!!」
「じゃあ前はなんでだったんだ!?」
「―――ッ…言う必要は無い!!」
「そんな答え方があるか!!」
「お前こそ、何でそう関わろうとしない!?不躾にも程があるぞ!」
「関わらないほうが平和に生きていけるからだ!文句あるか!!」
「ほぉ、じゃあ貴様の言う平穏というのはあの眼鏡に捕まっている事だというんだな?」
「そんなわけあるわけねぇだろう!!頭弱ってるんじゃねぇのかてめぇ!
ほんっとわけわかんねぇ!…俺は関係ないだろ!!言ってみろ!?」
「今お前を捕まえていたのはあの眼鏡だろ!そんなことはあいつに聞け!!」
「簡単に答えそうな面か!?」
びしっとジェイドを指差したアッシュのすぐ後にルークも同じ方向へ指を指した。
指された本人は、「躾がなっていませんよ。」と小さく軽口を叩く。
「なんでもともかく、泣いてんじゃねぇ!!」
焦るようなアッシュの言葉は輪をかけて訳が分からないものだ。
「誰が泣いてっ…」
「お前がだ!!」
言われて頬に掌を伸ばすと、そこはしっとりと濡れていた。
つい最近も同じように濡らしていた。
腹が立ったから?
悲しかったから?
それとも…
「―そんなことはない!!」
ぷかりと浮かんだ考えが形になる前に、勢いよく顔を俯かせて頭を両手で掴んで否定する。
限界を超えた声量に、喉が痛んだ。
「…泣くな。」
視界から外れたアッシュから、聞いたこともないような穏やかな声が聞こえた。
伸びてきた顔に触れようする掌から逃れるようにさがり、揺れる視界にアッシュを映して小さく数回首を振る。
瞬きをすると視界がぱっと晴れて、男の顔が鮮明になった。
「お前…何故、」
言葉の先は続けられない。
そんなアッシュを睨みながら俺は軽く首を傾げる。
困ったような顔をされてもこっちだって困る。
そうだ 俺は困っている。
喉の奥で込み上げた笑いを殺して、俺は深く息を吸い込んだ。
「―お前、なんか」
横隔膜が痙攣して途切れがちに息と声を吐き出す。
癇癪おこしたガキで十分。
「大嫌いだ!!!」
そして最大級の拒絶の言葉を続けた。
奴の声は、ルークではない、ユリアへと向けられた優しさだ。
…こんちくしょう!!
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2006/10/29
伏線を生かせたことと、赤毛二人の言い合いが書けたことと、
ジェイドのフルネームを言わせるという目標は達成しました。
しがみつくっていうのは予定ではなかったんですがねぇ。はっはっは。
人ってビックリすると何するかわからないものだな!(無理矢理まとめた!)
ここからようやく話が進展していきます。…終わりはまだ遠いけれど…