26.ベナースフ




既視感



濃厚なその感覚に眩暈がする。
脳内にフラッシュバックしたのは、つい最近見た夢の言葉だった。
だが、確実に、それ以上の何かしらの感情が、俺の思考を蝕んでいる。

…あれだ。
ホド産のぶ厚い吊り鐘が頭の中で尾を引いて鳴っているようだ。
心中で底の方に溜まっていた澱が掻き混ぜられた拍子に浮いて、思考を濁らせる。


俺が動揺?

…そうだ、コレは、動揺しているんだな。


その動揺の理由を考えればそこに当てはまるものは一つしかなくて、それは更なる困惑を誘った。
何で俺が一人の女の言動に、ここまで動揺しなければならないのか。
そんな自分自身に腹が立っているというのに、その憤りを地面に這わせるような勢いで、別の思考が脳内を駆け巡る。
しゃくりあげるような呼吸を繰り返している女は、流れる涙をそのままにきつく俺を睨みつけている。
その赤らんだ頬を伝う滴が、顔の半分を覆う布に吸い込まれていく様を見て、無性に胸を引き絞られるような感覚を覚えた。

再び伸ばしそうになった腕を、身を引いて拒絶された記憶が止める。
続いて頭の中で響くのはそれ以上に明確にされた言葉の拒絶。
記憶と共に浮かんできた感情が胃のあたりをずぐりと重くした。
それは不明瞭な熱い奔流を伴い、その腹の内をぐるぐる廻って薄く焼く。


なんだこれは?

なんなんだこれは!?


瞬きと同時に大きな滴が宙を舞うのがわかった。
それは無性に俺の神経を騒がせた。

「……帰る。」

手の甲で乱暴に目元を拭って一言、そう呟いた。

「それは許しません。」

数歩離れた位置にいる眼鏡がきっぱりと断言する。

「うっさい。なんなんだよ。そっちの勝手で俺を巻き込むな。
 俺が機密何たらを聞かせられたのはあんたの責任問題だろう。」
「その通りです。陛下からの言葉を何の許可もなく一般人に聞かせたとなれば、十二分に私は処罰されますね。要はバレなければいいんです。」

胡散臭い笑みを浮かべたまま悠々と距離をつめてくる男に視線を向けることなく、女は相変わらず俺を睨み続けていた。
…いい加減腹が立ってくるな。

「おいジェイド、俺たちが離れている間に一体何があったんだ?」

背中側からガイの声が掛けられる。
するとわざとらしく肩を竦めて男は笑みを深くした。

「いえ、ピオニー陛下からの勅命をうっかりこの方が聞かれてしまいましてね。一般人に知れ渡るといささか物騒なことになるので、しばしのご同行をお願いしている最中でした。」
「お前が無理矢理聞かせたんだろう!事実を曲げるな!!」
「…経緯はどうであれ、なるほどそういうことか。」

この不利益になるようなことを嫌う人間が執着する理由も気になったが、大体の経緯は理解できた。

「というわけで、皆さん、説得をお願いしますv」
「…嫌な奴に目をつけられたな…」

心の底からの言葉に、女はキツイ目線をいくらか穏やかにして深く溜息を吐く。
深い共感の色合いが濃いその呼気に拒絶の気配が無いことが、訳もなく自分を落ち着かせていると分かって―



分かって何なんだ?


「急遽ダアトへ向かいます。ルーク、貴方も来てください。
 詳しいことは追々知らされるとは思いますが、ローレライ教団関連で問題が発生しているようです。それと途中でユリアシティに寄ります。」
「…ティアに何かあったのか?」
「音沙汰がないみたいですから…何かあったのだと考えるのが妥当ですよね。」

そこまで言って、浅く長く息を吐く。
そして女の両肩を背中側から両手で叩いた。

「ユリアさん、申し訳ありませんが一緒に来て頂きますよ。
 事が落ち着いたらちゃんと開放しますから。」
「嫌だ…―って言っても、聞く気無いんだろ。」
「はい、私は嫌なやつですから。」


女の肩に置かれたままの青い手を見つめ、俺の思考はそこで一度途切れる。
黒い髪が揺れたことを理解した時には、すでに自分の手が目の前の人間の胸元を掴んでいた。

驚愕に染まった顔の女の体をそのまま一度上に引き上げて、そのまま自分の左脇へ移動させる。
開いた視界には、不自然な位置に浮いた両手をそのままにして、相も変わらない笑みを携えた中年軍人が一人残った。

「…どうしました?」
「…うるせぇ。」

楽しそうな色を隠そうとしない男を睨みつけ、俺は女へと再び視線を戻す。
掴まれていた胸元をさすっていた女は、視線に気付くと同じ色の瞳を数度瞬いてみせた。

「………」

「………」

「………な、なんだよ?」
「何も無い。」

一言言い放ち、その場から踵を返す。
離れた地面に転がっている煤けた譜業を爪先で軽く蹴り、反応が無いことを確かめて辺りを確認する。
音素の喪失で幾らか萎縮している魔物の死体を認めて声を出す。

「…おい眼鏡。この付近を魔物の群れが通過するという証言を聞いて俺たちはここへ来た。後ろの骸はお前らの仕業だな?」
「ああ、そういうことだったんですね。
 やつらはそこにある鉄くずを追ってきていたようです。残党はいないと思います。
 残っていたとしてもそれに対処できないような方々ではないでしょう。」
「そうか。…なら、ユリア。」

見覚えのある譜業は意識外に沈めて、もう一度女へ振り返る。

「こんな奴と協力できるその腕を見込んで協力して欲しい。」

女のみならず、その後ろにいるガイまで目を剥いた。
沸きそうになる心中を意識して諌め女へ返答を促す。

「それなりの礼はする。要望があるなら聞こう。
 …悪い条件ではないと思うが?」



選択肢など無い。

この女にしてみれば不条理でしかない話しだ。



それでも俺は







ああ、くそぅ。情けない!!





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2006/11/05
 青い 青い !!
 もんもんじぇらしぃ アッシュでございました。
 ここは正直、一緒に行動させるかこのままルークを逃がすか物凄く悩みました。
 どっちも書いてみたかったのですが…結局はこの形に。
 これからしばらく一緒に行動します。
 いろんなハプニングとか起きないかな〜? ソフトタッチぐらいならOKだからアッス頑張れ!(なんだコイツ)