27.ベナースフ




一つ、衣服を入手した経緯。
一つ、その曖昧な素性。
一つ、チーグル族との関係。

一つ、赤い髪の子供は見たか?


まず聞きたいことを並べた。
それを聞いた少女はほとほと面倒臭そうに目を細める。
その背後を流れて過ぎる、ガラス越しの空を見つめてにこりと笑う。


一つ、その服の存在の異質さ。
一つ、素性が明らかにされないことによる疑い。
一つ、チーグルたちへ促した警戒の必要性。


そして知りたいことを纏めた。

それを聞いた少女は自分の頭を抱え込んで己の膝に顔を伏せ、喉を擦るようにして「めんどくせぇ…」と小さく唸った。
残念ながら、それから開放される日は遠いことだろう。
そして狭い座席の上で両足を抱えて座る少女を改めてまじまじと観察した。
中途半端な長さの黒い髪。同じ色の長い睫毛。
二十歳を超えていると聞いたが、不機嫌を露わにしているその横顔からはとてもそうは窺えない。そこそこ日に焼けてはいるが意外と肌の肌理は細かいようだ。
忙しなく彷徨っている瞳は鮮やかに澄んだグリーン。
何度も言った通り、その毛色は滅多に見ないものだ。


…おかしな子だ。


「時間はたーっぷりありますからどうぞ説明を始めてください。
 ああ、どうせならお茶でも飲みながら話します?」
「…いらねぇ。」
「ガイ、せっかくですからノエルの分もよろしくお願いします。」

薄く笑みを浮かべたまま振り返ると、それまで傍観を決め込んでいたガイが弾かれるようにこちらへ顔を向けた。

「な、何で俺が!?」

当然の抗議をするガイを黙殺して、少女へ視線を戻す。
そして数拍間を置いて、後ろの気配が一つ部屋の中を移動していく。
甲斐甲斐しい限りは美しいとも思えますが、この先彼自身の身の振り方を考えさせられますねぇ。

手渡された作り置きされているお茶の香りが譜業の鳴動する重い音が響く船内を彩り、その中を澄んだ翡翠の瞳が通り過ぎた。
私の後ろにいる二人をしっかりと確認して、私へと定める。

「…じゃあまず服のことだけど、これは貰った物だから俺も詳しくは知らない。」
「バチカル方面へ向かっていると言っていましたが、その人と貴女の関係は?」
「うー…同居人だよ。」

薄々そうだろうとは思っていた答えに軽く相槌を打っておく。
バチカル方面だといった言葉に嘘はない。そして、その人物が今いるであろう場所のケセドニアというのも、間違いではないのだろう。
ただ同一人物であるとは言わなかっただけだ。

「その人は一体どんな人です?」
「身勝手・自己中・傲慢・無神経。…って言ったよな?
 基本的に俺以上に人と関ろうとしない奴だから詳しくは知らないぞ。」
「そうではなくて外見ですよ。」
「……外見。」

そこで、パチパチと数回瞬きをする。

「んー…背が俺より高い。肌は結構白かった。」
「そういった漠然とした物ではなく特徴的なことを教えていただきたいのですが。」

質問を明確にすると、少女は顔の前で数回手を振って見せた。

「だって、顔とか見たことないんだって。
 俺以上に素性が不明だよ。アイツ。」
「そうですか。ではその人の名前は?」
「名前ぇ?
 ………………ちょっと待て、思い出すから……」
「お前、一緒に住んでいる人間の名も覚えていないのか?」

ルークが真面目に安否を気遣うような声を上げた。

「だーっ、別にいいだろ。
 ロ…ロー…ロ、ロイ!ロイって名前だった!」
「その人も、家族名はないんですか?」
「聞いたこともないなぁ!」

そして少女は軽快に笑った。

「そもそも、なんでお前らは一緒に住んでいる?」
「…別にお前には関係ないだろー。
 俺たちが好きで一緒にいるんだって。」

ルークが吐いた当然の疑問が一蹴された。
…おやおや。
彼女の『彼』に対する評価や感情にそういった気が無いのは分かると思うのだが、背中側で悶々と考え込んでいる子供は短直に今の言葉を受け止めたのだろう。

「なるほど、ではロイという方にも会う必要がありますねぇ。
 では貴女の素性はどうします?話したくないのであればそっとして置きますが。」
「じゃあそうしてくれ。えーと、チーグル達に関してだけど、偶然あいつら助けただけだから。
 罠に捕まってた奴とー、魔物に襲われてる奴とー…を繰り返していたら結構な数になってさ。俺たちがあの森に住んでるって事はもう知られていたから仲良くなったんだ。」

両手で握ったコップを揺らして中身に軽く渦を作る。
そしてそれを見つめていた視線をこちらへ向けた。

「一匹人間と仲良くしてる奴がいるって聞いたからさ…もしかしたらそいつらに俺たちの事を話すんじゃないかって、思った。世界の英雄のあんたらに。」
「英雄、ですか。」



それはただの結果だ。
そう、ただの。

勝ち取った結末の第二志望だ。



血液がすぅっと冷えていく感覚を紛らわすために、握りっぱなしだったコップに口をつける。


「そんなご高名な方々に、俺の事なんか知ってもらいたくない。と、思ったんだよ。
 あのチーグルおしゃべりだったからな。」
「ふむ、なるほど。
 ではユリア、これからのことを少し話しましょうか。」

見上げた少女の顔が僅かに引きつった。
人の笑顔を見てその反応は失礼だと思うのですが、まあいいでしょう。

「あの譜業の話を聞いてしまったからには問題が解決するまで我々に同行していただきますよ。こればかりはどんな例外も認めません。
 我々は、『第四音素の異常値』と『第七譜石盗難』の調査。これとユリアシティにいるティアと連絡を取り合わなければいけません。そして『赤い髪の子供の探索』です。
 私個人の目的の一つとして、私は貴女と一緒に住んでいる『ロイ』に話を聞くことです。
 ご協力のほど、よろしくお願いしますね。」


「あんまりだ!」


まるで死刑宣告を受けたかのような絶望的な顔色にして、少女は一言恨み言を吐いた。




この子供の存在は希望だ。
コンマ数パーセントの僅かな可能性だ。







「私はね、ユリア。
 残りの人生を、この結末を第一志望に変えることに費やしてもいいと思っているんです。」





  next→

2006/11/12
 と、言うわけで、ローレライは『ロイ』になりました。
 アッシュがあんまりな扱いすぎて涙が涸れそうです。あっはっは
 第一志望〜 関連は書いてみたいことだったので、真面目に表現できて上機嫌です!
 これよりユリアシティへ向かいまーす!
 ちなみにハッキリ明記はしませんでしたが、ここはアルビオールの中です。
 ノエル…真面目に出したいけどちょっと無理かな〜 …あーぁ…