28.ベナースフ




ユリアシティ。


創世歴時代の技術の結晶とも言えるこの場所は、外殻に住む技術者からしてみれば涎が枯れそうになるほどの宝の山だ。

だってそうだろう。
この街は、瘴気の海の上で生き続けることを決めた人たちの命を守り続け、更には外殻を支えていたパッセージリングを凌ぐ耐久年数をパチパチと現在進行形で弾き出しているのだ。
興味を持つなというほうがおかしい。
外界との交流を確固たる態度で拒絶し続けていたことで有名で、今ではキムラスカ・ダアト・マルクト三国それぞれに特別に許可を貰った者のみが街の中枢に入ることができる。

静かで冷たい印象だった瘴気の中に佇んでいた街は、今は温かな日の光を浴びていた。


変わらない街の風体にルークは心の中で小さく微笑む。
人の意識と体を蝕む毒の海に沈んでいたあの頃と何も変わらない。
アルビオールを着けた入り口も、それを囲む譜業の壁も、記憶と相違ない姿に心が浮つく感覚を覚えながらあちこちに視線を巡らせる。

「どうしたんだ?」
「あ、いや、面白い街だなって…思って。」

後ろを歩いていたガイからの肩を並べられながらの問いかけに、ルークは懐かしいという感情を飲み込み、少しばかり焦りながら言葉を返す。
その小さな焦りに気づく風でもなく、ガイは変わらない笑顔を浮かべた。

「そうだなぁ、シェリダンもベルケンドも譜業だらけとはいえこことは全然雰囲気が違うからな。この二つの街には行ったことはあるのか?」
「うん。少し寄っただけだけど…」
「はは、そうか。じゃあもし機会があったら是非シェリダンの自鳴琴を見に行ってごらん。とても綺麗な音色を奏でる譜業だから、きっとユリアも気に入るさ。」

久しぶりに聞く譜業の名称に思わず目を丸くして、ルークは高い位置にある空色の瞳を見上げた。

「奏でる?」
「どんなものかは見てからのお楽しみさ。
 譜業に興味があっても無くても、俺は、一度は聞いてみることをお勧めするね。」
「へぇ〜そこまで言うのか。」

歩を進めながらの会話。
それはルークにしてみれば随分と久しぶりな行為だった。

「そんなに興味があることじゃないけど、そんなに勧められるなら暇があったら行ってみるよ。
 ところで、これからどこに行くんだ?」
「今日はアポ取りだな。
 テオドーロ市長とティアっていう人に会う予定なんだ。」

ガイは正面にあるその街の奥を視線だけで指し示した。
黒を基調とした服に赤い髪を広げて歩くアッシュと、(記憶と寸分も)変わらない軍服を着た金茶の髪を揺らせて歩くジェイドの背中を視界に納めつつ、ルークは高い高い天井と視界を埋める街を見つめる。
無機質な世界。
元々、植物が育つ場所ではなかったから、土の匂いや木々の揺らめきも存在しない。


「…ふーん…」


白い花に埋められた、名ばかりの墓は健在だろうか?






連れられるまま必要な手続きを終えて、一行は案内された宿で一晩待たされるように言いわたされる。

ルークは内心で「ティアに会うぐらいいいじゃないか」と毒づくものの、彼女が現在どんな生活をしているのか知らないのでそういった感情は口には出さないよう努めておく。それに伴って込み上げてきたもどかしさは、放とうとした呟きと一緒に咀嚼して飲み込む。
偉い地位の人間においそれと会えるもんじゃないんだと、一人で暮らして(というよりも地位が底辺の人間になって)みてようやく理解した。
緊急事態と、自分たちが行っている功績と、それぞれに持つ『位』が普通ではありえない行動範囲を約束してくれていたのだ。
この経験は、少なからず現在の生活をするにあたってルークを大いに苦しめた。

それはもう。
中々に。

開放されたパッセージリングを警備する兵とうっかり乱闘をしてしまうぐらいに支障があった。
(ローレライと行動中の出来事)


そんなことを思い出したついでに、全力で昏倒させてしまった名も知らない兵士に心の中で謝り、ルークはばさばさとマントについた埃を払いながら隣の衝立に放り投げる。
宛がわれた部屋は狭いながらも、女性ということを考慮されてバス付の一人部屋だ。

今のルークの経済状況を考えればとてもリッチ!


 ぱさっ がちゃっ ぱささっ


グローブと鞘のベルトをを外し、そしてスカートも脱ぎ捨てる。
ズボンに薄いインナーだけの格好になってスカートとグローブだけを拾い、ベットの上に散らかした下着と携帯洗剤と剣が収まっている鞘を握る。
部屋の脇にある浴室に入ると、ルークはグローブとスカートをバスタブに放り込み、コックを捻ってお湯をだした。剣はすぐに持てる場所に置いておく。

バスタブの縁に腰を預け、噴き出すお湯に下着を濡らして洗剤を擦り付けて揉み洗い。小さいその洗剤の残りはバスタブに放り込む。そして適当なところで蛇口からのお湯で濯いで絞って自分が座っているその隣に引っ掛ける。
お湯が浅く張れているのを確認しコックを捻ってそれを止め、鼻歌交じりにブーツを脱ぎ捨てる。
そしてズボンの裾を簡単にたくし上げて腰を支点にくるりと体を反転させ、日に焼けていない足でお湯にたゆたう服を踏みつけた。


 ざぶ ざぶざぶ ざぶざぶ

踏んで踏んで。混ぜて。踏んで踏んで。


ものぐさではあったけれど、ルークは片付けが嫌いでない気質だ。
透明だった水が薄汚れていく様をみて上機嫌になったルークは、更に踏み込もうとバスタブの中に両足をついた。


 ざぶ ざぶざぶ ざぶざぶ

踏んで踏んで。混ぜて。踏んで踏んで。



…さて、洗濯に現を抜かしている場合ではない。
懇親の力を込めて絞った服を適当に干して、ようやくルークは現実に向き合った。
いそいそとバスタブに湯を張りながら考える。

まず、これから問われたとしても答えるわけにはいかないことを列挙する。

一番は自分の顔。
そして同居人ということになってしまったローレライのこと。
下手なことをちらつかせずに知らぬ存ぜぬを突き通さなければいけないのだ。
特に、ローレライに対してジェイドが何やら探りを入れようとしている節があるので、それの対策も必要なわけで…

半分ぐらいにお湯が溜まったことを確認して、ルークは服を脱ぎ捨てる。
顔を覆う布と一緒に外したウィッグを剣のすぐ近くに置いておく。

他に突っ込んで聞かれそうなのが、ルーク自身とロイことローレライの出先だろう。
今、ローレライはザオ遺跡にて絶好調挨拶中だ。
迎えに行かなければならないので、なんとかそれまでにジェイド達と離れなければならない。
時間にして考えれば、ローレライと別れて10日前後経っている今、おおよその目安である数値から逆算して一月と半分…その間に、問題が解決するかなんとか逃げるか。
…難題だ。

お湯の中に飛び込んで、ルークは大きく溜息を吐く。
服に関しても、装備している全てにしても、これらはローレライによって作られたものなので迂闊に人目には晒せない。


気を抜ける場所が一切無いという事実に、絶望の感情を込めてお湯に顔を沈めた。
じわりじわりと体を暖める熱いお湯が心地いい。



自分のこと。
隠さなければいけないこと。

暖かい場所。
それは彼らの隣。



視界の端に浮かぶ、濡れたお陰で深みが増した自分の赤毛にそっと指を通す。



解明しなければいけない世界の異変。
踏み込ませてはいけない自分の領域。

悲しい場所。
それは―



深い緋色とは違う穏やかな赤。
限られた血筋にしか存在しないその色彩。
血筋を表すその色は、その、血筋とは無縁になった自分を構成している、そんな矛盾。

瞼を閉じて、ルークは息を潜める。



『ルーク』を捨てた。
捨てられて認められた『ルーク』を、捨てた。
だから、この髪の色を疎ましく思わなければいけない。

追いやられた『ルーク』は、土に埋まってしまえ。

…骸のない墓は健在だろうか。
『栄光を掴む者』と『聖なる焔の光』の、銘打たれることのない二つの墓は。



今、悲しい場所。
それも彼らの隣。






『ルーク』は墓に沈んでしまえ!!





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2006/11/26
 魅惑の入浴シーンなはずなのに、残念、ポロリも何もありゃしねぇ!
 おかしい、もうちょっと楽しく書けるはずだったのに、お風呂〜お風呂〜
 ……はぁー なんか勿体無いことをした!! ちぇっ!! ガイとのまともなやり取り楽しかったんですけど…
 とりあえずルークうじうじ悩む話しです。卑屈反対!
 そして何より友人を巻き込んで考えた設定を出せなかった罠。

 ……

 つ 次  こ   そは ! !