29.ベナースフ




「申し訳ありません。例外は認められません。」

事務的な口調の女の人はキッパリはっきり言い切った。

「そうですか…それは残念です。」

少し悲しそうに眉だけを顰めたジェイドは、次の瞬間には笑顔になった。



 ―ぱしゅんっ



そして俺の目の前でドアは閉められ、



 かちゃんっ



小さい金属音が鳴った。

「…………あれ?」

俺は今、一体何が起きたのか理解できず、思わず間の抜けた呟きを漏らす。
自分の目の前には冷たい壁―もとい、ドア。
この向こうには、この街の女の人が一人と、ガイとアッシュとジェイドが立っていた。


のだ、が。


『というわけです、ルゥ。
 我々が帰ってくるまで大人しくしていてくださいね。』
「な、なんだとーっ!!??」
『まぁ仕方が無いですよ。昨日の今日行動を共にすると決めた貴女に、流石のマルクトもユリアシティへの紹介状は出せませんから。残念ですねぇー。』

楽しそうな喜色を含んだドア越しの声に、俺はドアを叩いて抗議する。

「一緒に行く必要は無いにしてもなんだって閉じ込めるんだ!
 待っている間に街をうろつくぐらいいいんじゃねぇのか!?」
『おや、ルゥはご存じないのですか。この街は許可証・通行証・紹介状を持つか、それらを持った人と共に行動しなければ街を歩くことも許されていないんですよ。
 そしてこの街を統括する中枢区には更に書状が必要になります。それを持つ者しか認められないんです。残念ですねぇー』
「し、知らなかったけど、だからって何で鍵を…!」

ユリアシティの内情がそこまでとは流石に知らなかった…
な、何でそんなことになっているのか知らねぇけど、だからって鍵まで掛けられる謂われは無い!


数拍の間。


『うろつかれては困りますから。』
「説明されれば出たりしねぇよッ!!」

尊厳を無視した発言に怒る俺が真っ当だ。
こんな扱いは理不尽だ!横暴だ!

『おやっいけません、待ち合わせの時間です。
 では大人しく待っていてくださいねルゥ。』
「ぐわっ わざとらしいこと言うな!ここを開けてけ!!」
『街の方に貴女の様子を視てもらいます。
 可愛らしいお嬢さんを困らせるようなことはしないでくださいネー。』
「ネーって気持ち悪いぞ!コラっ開けてけ!!コラーッ!!」


俺の声だけが部屋に反響し、返答もないままドアの向こうの気配が消えた。


結局ジェイド達は俺を置いて鍵を閉めてテオドーロさんに会いに行ったらしい。
俺は置いてけぼりを食らったわけだ。
歯痒さに胃のあたりがむかむかする!

そんな感覚を紛らわせるために俺はベットへと飛び込んだ。
…というか、剣の手入れも、残っていた洗濯も、荷物の整理も終わったから寝ることぐらいしかやることが無くなっただけなんだけど。

「…せめて、暇つぶしの道具か何か貸してけよ〜…」

柔らかい枕に顔を押し付けながら息と一緒に恨み言を吐き出す。
言い足りないけど、言っていてもしょうがないのも分かっているわけで…空しさが、増した。


『ルゥさん、朝食をお持ちしました。』

即座に、虚しさの半分は空腹によるものだと置換する。
伏せていた体を起こしてウィッグと顔を隠す布を確認し、食事を受け取るべく入り口へ向かった。

「はーい。」

 かちゃ

 ぷしっ

ドアが開いたそこには、スープやサンドイッチなどの食事を載せたトレイを持つ女の人がいた。彼女は静かな表情に、僅かだが笑みが浮かべる。

「お待たせして申し訳ありません。」
「いや、別に―」

『気にしない』と言い切る前に、その人は両手で支えていたトレイを左手だけに移し、右手で小さなメモを広げて見せた。
色白の指に挟まれた紙には短い一文が。

端的に書かれた短いその文字を思わず凝視して、少し迷って、俺はこの人が求めているだろう言葉をボソボソと呟いた。

「…あー…有難う、もし良かったら、ちょっと、話し相手になってもらえないか、な?」
「私でよければ。」

メモは再び両手に支えられたトレイに隠され、女の人は先ほどよりは確かな形で笑顔を浮かべた。





メモには一言

 『助けてください。』





女の人を部屋に通して、受け取った朝食のトレイを机に置きまずお互いが椅子に腰を落ち着かせた。
彼女は不自然に押し黙っているので、それをちらちらと仰ぎ見て簡単に俺が顔を隠している嘘の理由を吐く。
そして失礼と思いながらもトレイを膝の上に乗せて俺はくるりと背を向けた。
返答が無いことを容認と決め付けて、俺は遅い朝食に手をつける。
サンドイッチに挟まれている厚いベーコンが美味い。いつぞやライスを5つ渡した青年のことを考えると、ユリアシティの食糧事情もかなり改善されたようだ。
塩漬けにされているキャベツを咀嚼しながら、スープに口をつける。こちらもおいしい。

もぐもぐと食事を続ける自分の背中に突き刺さっている女の人の視線に、自然と進める手が早まる。
何だ…焦る。非常に食べ辛い。

「…一人、女の子を連れ出してもらいたいのです。」

前触れも無く彼女はそう切り出してくる。
ちなみに俺はスープの残り半分と格闘していた。
憎き赤い悪魔をそのままにして俺は顔を隠す布を手早くつける。くるりと体を反転させると、先ほどと変わらない表情で女の人は座っていた。

「……女の子?」
「はい。」

トレイを机に置きながら問い返した俺の声に、すぐに女の人から肯定が。

「えーと、それは―」
「彼女は昔から私達の可愛い仲間でした。
 その子が今不当に拘束されているんです。」
「…」

誘拐じゃないのかという言葉は飲み込んでおく。

「私達の手でなんとか連れ出す計画はたてるものの、この街はご存知の通り交通手段が船しかありません。そこには奴らの息がかかっていてどうしてもうまくいきませんでした。」
「そこにアルビオールが来た。」
「はい。ルーク殿やガイ殿、カーティス少将はすでに奴らに目を付けられています。協力を仰ぐ機会は無いでしょう。
 傍目で分かる発言の権利の無さに、奴らはしばらく貴女を放置する姿勢でした。」


 …おい。

あまりにも、あんまりな扱われ方だったけれど、素性が不明で、終いには同行者であるジェイドの手で個室に閉じ込められてしまうそんな人間なので、強い否定は無意味だろう。
くしくもそれが女の人の言う『女の子』を救うチャンスになったのだから皮肉なもんだ。

「あー…でも、何とかアルビオールにその子を乗せる事ができても、すぐには出港できないんですよ?あくまでも、アルビオールの指示を出すのはジェイドなんですから。」
「心配には及びません、すでに対策は打っています。
 あの子とルーク殿達が会えればどうとでもなるのです。」
「誘拐じゃないんだな?」

うっかり出てしまった間抜けな問いに、女の人は小さく噴き出した。

「誘拐など、あの子の意思に反することをすれば、きっと貴女は討ち取られますよ。」
「討ち…って、」
「祖音律士(アンセスフォンクルーナー)のティア・グランツは英雄の一人ですから、それくらい造作も無いでしょう。」

起伏の見えない声音の物騒な物言いの次に放たれた言葉は、しばし俺の思考を止めるには十分だった。

…ティア?
…拘束?


ピオニー陛下が言っていた連絡が取れない理由はコレだったのだ!

どういうことなんだ? ティアが閉じ込められる理由なんて想像もつかない。
そもそもこの人の言うことを信用してもいいのかも迷うのに…ああ、もう!どうしろっていうんだ!!


「詳しくは説明できません。私が貴女にお伝えするのは、計画の詳細と、協力を求める言葉だけです。
 あの子を助けてください。」


「なんで―」


頭を下げる女の人に、思わず問いかける。


「何で俺のことを信用しているんですか?」


だってそうじゃないか。
俺はジェイドにわざわざ閉じ込められるような人間なんだ。
ティアを閉じ込めている奴らの仲間とも限らない。その可能性だってある。
それなのに、初っ端からこんな計画を聞かされているなんてありえない。
俺が裏切って、奴らにこの人達のことを喋らないとも限らない!

ゆっくりと体を起こした女の人は変わらない視線で、俺のことを見つめ返す。


「…貴女は、ルーク殿と共に行動している。
 それだけが私達があなたを信用する根拠です。」





ルーク! ルーク! ルーク!!




感情の急激な高ぶりと共に、さっき食べたものが食道に込みあがる。
えもいえない衝動。
胃液に煮沸された空気がまずい。


彼女が口にした対象を頭に思い浮かべることができなかった。
虚ろに考えることを放棄したのだと自覚する己の内で、重複した存在が俺の思考を焼き切った。





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 『祖音律士』[アンセスフォンクルーナー] は、もちろん造語です。ぐみさん、べりべりサンクス☆
 はぁ〜さてさて、ようやく書きたいと思っていた場所を書くことができます。
 道のりが遠かったな〜…いえ、まだまだ話は続くんですけどね。
 なぜか軟禁されちゃっているティアを救出します。
 その間、男性陣は放置!!(満面の笑顔)
 これは長引かせるつもりはありませんよ〜…予定は未定ですけど!