30.ベナースフ
ごんごんごんごんごんごん
譜業と音機関。
どちらかは分からない低い音が響く。
それと一緒に細い空気の流れる音。
視界の端にあるのは太陽の光をはじく、青い青い海。
ごんごんごんごんごんごん…
今自分がいるのはこの街の動力部であり、また、もっとも我々が理解し得ない領域だ。
毒の沼から離れ純然な日の光と降り注ぐばかりだった海に囲まれたこの街は、中和する瘴気がなくなったというのに未だに生き続けている。
変わらないと思えばまた、大きく変わってもいる。
この場所がいい例だ。
ただの部屋だった場所が、気がつけば青い海に浸水されている。
重い音を立てるその機器に何の異変が無かったことが救いだが、どんなに捨てても変わらぬ量を晒すこの海水を諦めたのはいつのことだったか…そうは言っても、最近のことなのだが。
……少し寒い。
ごんごんごんごんごん――――ゴォンッ
…ごぉん!?
突如聞こえた不穏な音に穏やかだった思考が一気に覚醒する。
慌てて視線を見回すと、我々が音機関に後付けしていたパイプがありえない白煙を吐いていた。みるみるうちにその蒸気はパイプの隣接する節々から溢れ、あたりは一面真っ白に染められる。
見た目に反して熱気を持たないそれは第四音素の塊だ。
初めて遭遇する事態に我を失いかけるが、意識して押さえ、すぐに伝達管へ駆け寄る。
私とて、なまじにここで生きていた人間ではない!
「緊急伝達!市長にお伝えしろ!
緊急事態!『D−865区』にて『冷却炉』に異常だ!
繰り返す!『D−865区』にて『冷却炉』に異常!至急、作業員を呼べ!!」
大事には至らないだろう。
ともあれ、今日は忙しい一日になる。
…まさか――こんな渦中に行動を強いられるとは思ってもいなかった。
がんがんがんがん と無数の重く慌ただしく過ぎていく足音を聞きながら、ルークは懇親の力を込めて両手を突き出す。
両掌が触れた冷たい壁は、その掌からの光によってまばゆく輝く。
しかしその光も、立ち上ってきた白煙に遮られて拡散された。
ィ ィィ ボッ!
光の残層と甲高い音色を残して、目の前にあった壁は跡形も無く消え去る。
起きた空気の流れに紛れて白煙も開いた屋内へ流れ込み、その流れに身を任せてルークもその屋内へと転がり込んだ。
「なっなんだこれは!? 一体何事だ―げぅっ」
運悪く現場に居合わせたおじさん(きっと無関係)の腹に拳を打ち込んで黙らせ、白煙を割ってすぐさま走り出した。鉄板を組んだだけの簡単な階段を2段飛ばしで駆け上り人気の無い廊下を疾走する。
目指す場所はこのまま真正面の扉だ。
「何者だ!?」
だが、ルークが向かっているその場所には、扉を挟むように立っていた男たちがすでに剣を構えて待ち構えている。
突如消失した壁から白煙と共に女が転がり出てきたもんだからそりゃあ驚くだろう。
迷いのある構えを見抜いているルークは、抜いていた剣を握りなおしてなお走る。
「止まれぇ!!」
ルークを迎え撃つために駆け出した向かって右側の男を一瞥して、己へと振り上げられたその刀身へ剣を振った。
−ギャ キィンッ
金属同士が噛み合った鈍い音は一瞬のうちに宙に消え、ルークが振るった勢いに押し負けた男の腹部に、ルークの右手が伸ばされる。
「烈破掌!!」
拳と共に赤い閃光が叩き込まれ、男は引き攣った息を吐いて白目を剥いた。
その脱力した体を左手で掴んで床に引き落とすと、ルークの目の前には残っていたもう一人がその剣を構えて立っていた。
仲間がやられたからといって、戦意を消失するような人間だとはルークも思っていない。
「崩襲脚!―」
「ぐっ!」
剣を斜めに振りながらの牽制に、男はまともにその体勢を崩す。
床へ叩きつけた足を引き戻して流れるように剣を突き出した。
「雷神剣!!」
ヅ ―ドォンッ
ルークによって練られた第三音素が薄紅色の雷光となって男を貫き、男は先の男と同じように床へとその膝を崩した。
鈍い音を鳴らして転がる男を飛び越して、この街の中では珍しい、木製の扉に手をかける。それには案の定鍵がかけられていて、ドアノブが乱暴に捻られる音があたりに響いた。
舌を打ちながら倒れている男達を見定めるが、鍵らしきものを持っているようには見えない。
なら、仕方が無い。
「―りゃあっ!」
ガギィ ン
握り直した剣をドアの隙間‐ドアノブとドアノブの間‐にちょうど挿し込むように、勢いよく突き入れればあら不思議。金属製の蝶番とドアの木片が勢いのまま粉々になって、部屋の中へ吹き飛んでいった。
動く木の壁と成り果てたそれを右手で押し開け、ルークは声を張り上げる。
「ティア!」
アッシュを『ルーク』と呼んだときとは違うむず痒いような奇妙な感覚に、ルークは僅かに顔を顰めた。
あれだ、照れか。
入り口の木製の扉からは想像できないほどユリアシティらしい内装の部屋は、静かに家具が並ぶばかりで、人の気配は感じられない。
おかしい。
あの人たちの話では、ティアはこの部屋に閉じ込められているはずだ。
「ティア!」
もう一度名前を呼んでルークは部屋の奥へと足を進める。
用意されている時間は限られている。
それまでに何とかティアを説得してこの場を離れなければ、彼女たちの計画が水の泡になってしまうのだ。
「ティ―」
『そんなに叫ばなくても聞こえているわ。』
ルークの声を遮った声は、部屋の更に奥から響いた。
その方向へ視線を滑らせると、タンスとタンスの間に細い扉を見つける。
「そこにいるんだな!」
ドアノブも何も無い薄碧の光の筋があるその扉は、人一人がかろうじて通れるような幅でしかない。自動ドアでもなさそうなのでルークは早速強行突破の姿勢を取った。
「そこから離れててくれ!」
『ちょ、ちょっと待って!何をするつもり!?』
「時間が無いんだ。ブチ破る!!」
勢いをつけて駆け出して、両手に第七音素を収束させる。
第七音素は淡い光のベールとなって両掌を覆う。
ドアの一歩手前で超振動を起こすことによって、その余波で破壊するつもりだ。
「うおおぉぉっ!」
『このドアに近づいちゃダメ!!』
半拍遅い!!
バシンッ!!
そして突如迸った白い閃光が、空気を灼いた。
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…お 終わらせる つもりでした…(過去形)
いつぞやも書きましたが、やっぱり一方的な暴力って楽しいです。
決して書いていて特技の漢字が分からなかったとか、そんな、まさか ハハ
烈破掌ってモーション可愛いですよね。(ニコリ)
さー、早くこのあたりの話を終わらせますよー!
合流しなくちゃ!合流!合流!!