31.ベナースフ




夢の中では、無限の闇が恐ろしかった。

無数の命が沈んでいったから。

でも実は、アクゼリュスのことといいローレライ開放時といい、音譜帯の時といい、無限の光のほうがトラウマ発生率が高いことに俺は気づいた。



光が唐突に消え去ると同時に、目の前に冷たい材質が広がった。
薄い灰色の、所々が薄汚れている…床?

体が、痛い?


「―ぁ、れ?」


床だ。
紛れも無い床だ。

拡散していた意識がようやく思考を続けられるだけ集まり、自分が今うつ伏せで床に倒れているという現状を理解する。
体が妙に重たくて、気持ちが悪い。

そうだ、ティアはどこだ?

朧気になっていた当初の目的を思い出す。(忘れるなんて最低だ!)
時間の感覚が曖昧だけれど暇が無いことには変わりない。
はやくティアを連れてここを出―



  ――――カツンッ



いざ起きようと思った俺の目の前に、見覚えのあるナイフが突き刺さる。
懐かしさよりも先んじて、鼻筋ぎりぎりのそれに嫌な汗がぶわっと滲み出た。


「動かないで。」


床に食い込んでいナイフを凝視したまま硬直している俺の頭上から、このナイフを放ったと思われるその人の、声がした。

視線だけを動かすと、まずは服の裾が目に入る。
濃いブラウンの上等な生地と銀の装飾が施されているそれは、たしか、ダアトとかどことやらが偉い人に贈ったって人伝に聞いた記憶があった。

咄嗟に顔を浮かせて見上げる。

そこには灰が混ざったブラウンの長い髪、アイスブルーの切れ長の瞳、感情を抑えている表情を浮かべているティアが、右手にナイフを握って立っていた。

「動かないでって、聞こえなかったかしら?」

目を細めて見下ろしながら、ティアは俺に向かってナイフを突きつける。
でも、意識して冷たい声を出そうとしているのが分かってしまったから、怯えることなんてできない。

なんだよ、お前何ごまかしてんだよ。
本当はびっくりしてるんだろ。

記憶の中にある世話焼きのあのすました顔が、そのまま大人になっている。



でも、これが、ティアだ。

ティアだ!



「? 貴女…どうしたの?」

きつく寄せられていた眉が不思議そうに顰められた。
その表情が、昔あのチーグルの子供とやり取りしている時の、その表情のままだったから俺は内心で苦笑をこぼす。
それを何とか顔に出さないように苦心して、笑った。

「―……迎えに、来たんだ。」

苦労して言ったその言葉を聞いて、ティアは更に困った顔をした。
なんだそれ、傷つくぞ。

「それは、どういうこと?」
「俺は、ここにジェイドたちと一緒にアルビオールに乗ってきた。
 別行動をしてたら、この街の人にアンタを助け出してくれって頼まれたんだ。」
「カーティス少将?…貴女、マルクト軍の人間?」

そうか、普通一緒に動いてるって言ったらそう判断されるのか。

「違う、俺はジェイドと、ガイと、―ルークと来た。」
「えぇ?!」

想像していた驚き方とは違うけど、ティアは目を見開いて驚いて見せた。
やっぱり、あの人たちの言うとおり監禁されているんだ。

「…やっぱり聞かされてないんだな。
 ジェイドたちはティアとも話をするって言ってたんだけど。」
「………」

俺の言葉に、ティアの視線が僅かに揺らぐ。

「あいつらの仲間じゃないのね?」
「あいつら?」

おうむ返しに聞き返した俺に答えることなく、ティアは構えを解いて数歩下がった。
返答を求める視線を投げながら体を起こすと、切り揃えられている髪を揺らしてティアは大きく溜息をつく。

「気にしないで。
 わかったわ、貴女を信用する。」
「…そりゃよかった。」

露骨な逸らされ方だったけれど、先程言った通り今は時間が惜しい。
未だに倦怠感が拭えない体を叱咤激励するために、大きく体を伸ばして肩を回す。

「よしっ!じゃあここから出るか!」
「どうやって?」

意気込む俺の隣で、ティアは腕を組み冷えた視線を投げてくる。

「そりゃあドアから出るに決まって―…」



  ガタンッ  バタバタバタバタバタ

『侵入者はどこだ!?』
『こっちにはいないぞ!』
『探せ!この部屋にいるはずだ!』
『もしや、あの部屋に入ったんじゃないだろうな?』
『その可能性も高い!
 譜術士を連れてくる!』



「…」
「…」

ドアをさしたままの指が、寒い。

「どうするつもり?」
「えーと…そうだ、ティアの譜歌でこの外のやつら眠らせられないか?」

ドアをぶっ壊すぐらいなら俺一人でも可能だ。
問題は、俺たちが出るまでに仲間を呼ばれると困るわけで。
するとティアは首を小さく横に振る。

「それができたら苦労はしないわ。
 この部屋は、その扉のせいで音素が極端に少ないの。
 特に第七音素がね。」
「なんだそりゃ?」
「仕組みは知らないけど、部屋の外と隔絶されててここでは譜術を発動できないの。」
「…」

音素が足りない?

「……ティア、その譜歌を発動させるのには、第七音素だけでいいのか?」
「? ええ。」
「じゃあできるんじゃないのか?」
「どうして?」

だって今俺の中に、第七音素の塊が入っているから☆
とは口が裂けても言えない。

「俺がこの部屋に入ってきたから、少しは影響があるんじゃないのかな?」
「私が何度も試してみたわ。
 人が増えたぐらいの空気の循環じゃ効果はなかったわ。」
「まぁ物は試しに。」
「………」

さぁさぁとドアへとすすめる俺を不審そうな目で見やりながら前に踏み出し、ティアは片手に握ったロッドを振った。
音素を紡ぐ為の旋律と共に、俺の意識がぐらぐらと揺れた。
音素がティアを中心に譜陣としてまばゆく輝く。

「トゥエ レィ ツェ ―」


ローレライ、聞こえるか?
お前の大好きなユリアの子孫が、お前の力を借りようとしてるぞ。


「クロア リョ トゥエ ツェ」


短い譜歌の終わりを聞いた瞬間、視界が真っ白に染まった。



 深淵へと 誘う 旋律



その間に届いた声はティアのものと、ローレライのもの。
…ローレライが言うと、正直、あまり、受け付けられないなぁと、俺は思った。


ティア、言えないけど聞いて欲しい!

今度は俺が、君を助けるよ!





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 ローレライはユリア贔屓
 もっとティアとの再会を感動的に書きたかったんですが、いまいち思い通りになりませんでした。
 ドアの仕組みとか考えたかった…なぁ。
 考えるというか、書きたかった。話しに食い込ませられなかったよー
 むがっ 次は男性陣のお話かな!