32.ベナースフ




「突然の来訪で申し訳ありません、テオドーロ市長。」
「いえ、私共も常々お話したいと思っておりました。
 こちらも都合が良かったです。」

ジェイドのするすると出された謝罪に、頭を下げられたテオドーロは大きく表情を変えることなく三人に椅子を勧める。
腰を落ち着かせた彼らの前には、温かい紅茶の入ったカップが並べられた。

「第七音素に続いた第四音素の異常観測についてだが、こちらでは場所の特定に成功した。」

テオドーロの切り出した一言にジェイドは感嘆の声を漏らす。

「さすがユリアシティですね。」
「大まかな場所の目処は立っていただろう…場所は、アラミス湧水洞だ。
 ユリアシティで管理していたユリアロードが突然反応をした。
 原因自体はわかっておらん。観測された正確な数値は、すぐに資料としてマルクトとキムラスカに渡そう。」
「こちらで観測されたのは、通常空気中に含まれているものの数十倍と出ましたが?」

鷹揚に頷いてテオドーロはそれを肯定する。

「およそ40倍の濃度だ。
 それよりも―こちらの観測値を見てもらいたい。」

べらりと卓上に広げた紙の、赤と黒の折り重なる一つのグラフを指し示す。
それは音素観測結果を表すのに使われる一般的なグラフだ。

「…第二音素と…第七音素が嫌に突出しているな。」

ルークが指でなぞったその二つの線は、他のものよりも穏やかな傾きを伸ばしている。
第二音素は『土』の属性を持つ音素だ。

地域によって音素に多少の変化があるのは当然だが、季節の変わり目でもないのにその数値が上下するなどということは聞いたこともない。
それも属性観念のある第一から第六までの音素ならありえなくもないが、減少の一途を辿る第七音素がだ。

「これはどこのものだ?」
「それはザオ遺跡のパッセージリング付近のもの。
 すぐ知らされるとは思うが、つい最近のものだ。
 こちらを見る限り、まだ第四音素のような劇的な変動はないが、今後そのような事態に陥らないとも言いがたい。」

言いながら丸めた紙を机の端に揃え、テオドーロはジェイド、ガイ、ルークの顔を順番に見やった。

「そこでユリアシティは、各国にある創世暦時代の建造物への調査の許可を頂きたい。」

予想だにしない提案にルークは眉を跳ねさせた。
あのユリアシティが、他国に干渉するなど、珍しいにも程があったのだ。

「ユリアシティは、今どのように考えて?」

ジェイドの言葉に、テオドーロは首を横に振る。

「明確なものはわからぬ。
 これがこの街だけの観測であればまだ慌てることはなかったが…いかんせん、情報が少なすぎる。あの時の影響が、今出ているとも考えられなくもないのだ。」

彼らが危惧するのは、降下作業の影響か。

テオドーロはふぅー…と長い溜息を吐いた。
長い袖口を軽く額に押し付けながら、天を仰ぐような素振りをする。



「…この街も、もう眠らせてやることを考えなければならない。
 私はそう考えている。」



言葉は、室内でシンと延びた。

「礎は、世界の安寧で、それが『予言』だと信じていた我々は、もはやここにいる理由がない。  聞こえは良くないだろうが…この音素の異常事態の対処で、終いにしようと思うのだよ。」
「どういうつもりだ?」
「…この街で培ったものを、同じ世界にいる全ての人間に伝えさせねばならない。常識などは欠けるかもしれんが技術だけは確かだからな。
 音素が減っていこうとしている今だ、少しでも創世暦時代の物に触れた者の協力があれば、新しい音機関の開発にも貢献できるだろう。」

温い紅茶のカップを撫でて、そこでようやくテオドーロは笑みを浮かべた。

「音素の絶対量が減少を続ければ、いずれはそうならざるをえないでしょうが。」
「いずれ国を継がれる要人の貴方方には考えていただきたいことでありましてな。老人の戯言です。」



だがそれは、いずれ訪れる現実だ。



「さて、辛気臭い話しになりましたな。話を戻しましょう。
 予言師が詠んだ譜石の盗難の件ですが―」




 ズズン




その時、僅かな振動が屋内に重く響いた。
床から伝えられた音に視線を這わし、ルークは背面の窓を覗き見る。
視界の端に、細い煙が昇っているのが見えた。

「…何か、あったようですな。」

その一言を待っていたかのように入り口が開き、一礼して入ってきた男性がテオドーロの傍へ駆け寄った。ぼそぼそと耳打ちをして、すぐに慌ただしげに踵を返して行く。
扉が完璧に閉まったことを見届け、テオドーロは言葉を紡ぐ。

「半地下の動力部付近で問題が発生したようです。
 我々が後付けした冷却炉に故障が見られたそうで…」

表情を曇らせるテオドーロにガイはすぐに聞き返す。

「動力部の冷却炉…? ということは、アルビオールが出港できなくなるんじゃないのか?」
「時間が経てば、その可能性も低くはない。
 申し訳ないが…すぐにここを発たれることを勧めます。」

アルビオールを格納しているドッグの稼動は、動力部からのエネルギーに頼りっぱなしだ。

「おや、困りましたね。
 ルゥを部屋に閉じ込めたままです。」
「…せめてもっと困ったように言えよ。」

はははと笑い声を交えたジェイドに、ガイは声を落として突っ込む。
それを聞いて思い出したようにテオドーロは手を打って見せた。

「ああ、あの女性でしたら街の者に案内させましょう。
 あちらの方がドッグに近いだろうからな。」
「お手数をおかけして申し訳ありません。
 ところで、ティアの姿が見えませんが?」

ルークたちの正面に座ったテオドーロに、ジェイドは笑みを絶やさず問いかけた。
予定ではティアに会えるはずだったのだ。

「あの子は今、疲労がたたって体を壊していまして…事前に知らされていれば対処したが、運悪く昨夜から薬を飲んで眠っている。
 日を改めていただけますかな?」

変わらない声音に乗せられる意味。

ジェイドは笑みを絶やさないその隣で、ルークは浅く眉間にしわを寄せた。
それを視線だけで制してジェイドは浅く頷く。

「…わかりました。
 では、私達もアルビオールへ行きましょうか。」
「…」

不服そうな色を黙殺して各々は腰を上げる。

「少しばかり、忙しくなりそうですな。
 案内の者を呼ぼう。くれぐれも先に戻られませんように。」

そこまで言って、テオドーロはすぐに部屋を出て行った。


あとに残された三人はふと視線を合わせる。
立て続けて起こる展開に、違和感を感じないはずがない。
机に捨て置かれている紙の束を拾い、ジェイドは肩を竦めた。

「くれぐれも、ですか。」

眼鏡のブリッジを押し上げて一言。
笑みの形に細められ、その瞳は窺えない。

「面白い注意ですねぇ。」





 next→

- - - - - - - - - - - - - - - - - -

 あちこち伏線を張ろうとして失敗した感が拭えません
 スランプ! スランプ中です!!
 文章が単調で面白くない…ぬぬ、書き直したいー!!
 一応、UPさせましたが、書き直す可能性大なのでっ!
 テオドーロさんの口調がエセくさいです。市長ファンの方、申し訳ございませんー(微妙)