33.ベナースフ




「―うっらあぁぁッ!!」

 がごぉっ

緻密な譜業と見たことも無い譜陣が施された扉は、俺の懇親の一撃によって吹っ飛んだ。
ティアが言うには、この扉は第七音譜術士のみを通すものだったらしい。
加えて、ティアがいたあの部屋の音素を屋外に排出させる効果もあったらしく、ティア自身ではどうしようもできなかったそうだ。
血中音素の不足状態による貧血みたいな症状…だそうなんだけど、俺にはよくわからなかった。(そういう理由でもなければ、エルドラントまで一緒に行ったティアが扉一つ壊せない事に納得がつかなかった。)

そして、ひらけて見れば床一面に倒れる死屍累々。
…もといユリアシティの皆さん。
ティアの譜歌のお陰でみんな夢の中のようだ。

「おぉ〜…さすがユリアの譜歌。」

感心の感情を込めて呟くと、後ろを歩いていたティアが小さく唸るのが聞こえた。

「おかしいわ…今まで発動する素振りさえなかったのに…
 ねぇルゥ、貴女何か特殊なアイテムを装備してる?」

困惑しているその表情は旅をしていたあの頃となんら変わり栄えしない。
不思議そうにしているティアが新鮮で、思わず緩みそうになった頬を意識して引き締める。
女の子の顔を見てニヤつくなんて、まるっきり変態じゃないか。

「そんなのは装備してないけど…とりあえず、ここを出よう。
 さっき説明した通りあんまり時間が無いんだ。」

改めて鞘から剣を抜きながら俺は話題を逸らす。

「そうね…足を止めてごめんなさい。」
「別に気にするなって。
 じゃあ俺が先に行くから、後ろから援護を頼むよ。」

そういった俺に、ティアは頷きと共に一言返事をくれた。

事情を知らない人もいるだろうから、なるべく傷つけないようにしなければならない。
それはティアも同じ気持ちだろう。
同じ街の人間なんだから、特に。

剣を一振りしてティアの手を掴む。

「―行こう!」

そして、俺たちは人気の失せた廊下へ走り出た。





「…なんだ?」
「は?」

ルークの一言に、ガイが一文字で問い返した。
ぱらぱらと行き違う人波の中にもかかわらずガイは思わず立ち止まり、それに伴って立ち止まった翡翠色の瞳を見下ろしている。
空色の瞳と対峙したルークは、キツク眉根を寄せた。

「…歌が聞こえなかったか?」

今度はガイが眉を顰めた。
そして首を横に振ってみせる。

「いや…聞こえなかったぞ。」
「何をしているんですか二人とも。」

数歩分先に進んでいたジェイドが、突然立ち止まった二人へと振り返る。

「ジェイド、歌って聞こえたか?」

顰めた眉が今度はジェイドに伝染した。

「なんなんですか藪から棒に。」
「いや、ルークが聞こえたらしくて―」


「なあルーク」と聞き返すと、視線を投げたその赤毛が突然ガイたちの目の前で膝を崩した。


驚愕に一瞬目を剥いたのはガイ達だけではなく、当事者であるルーク自身もそうだった。

「ルーク!?」
「―ぐ、ぁっ ―ッ!!」

片手で、割れるように痛む頭をわし掴む。

ありえない痛み。
まるで、脳を揺らされているような、違和感。

気持ち悪い!
痛い!痛い!痛い!!

「…いってぇ…! ナンだ―これは?!」

覚えの無い激痛に悪態をつく。

「ルーク!おいルーク!!」
「ガイ、落ち着きなさい。…ここでは目立ちます。
 アルビオールへ急ぎましょう。」

慌てるガイの声と、それを宥めるジェイドの声。
だがそれも、しらいでいくルークの視界を留めるには至らない。




 深淵へと 誘う 旋律




 ィィ ィン

突如、ルークを中心にして淡い紫色の譜陣が浮かび上がる。
届いた声に対する意識を這わせる間も無く、それは発動の韻を放った。

「ぅ…」
「むぅっ」

短い呻き声を残して、ルーク達を見やっていた街の人々が続々と床へと落ちる。
廊下に立つ人影がジェイドとガイ以外に見当たらなくなると、ルークはおもむろにその顔を上げた。
数度、瞬きを繰り返す。

「…治まったようですね。」

溜息混じりのジェイドの言葉に、ルークは小さく頷いた。
思わず漏れてしまう溜息を隠そうともせず、首筋に感じた冷や汗をうざわしげに払いながら辺りを見渡せば、廊下に広がる死屍累々…もとい、ユリアシティの人々。

この効果はルークも知っている。
よくよく考えれば、初めに耳に届いたあの旋律もルークは知っている。

「何故―」


声が届いた。
聞き覚えのある。
忌まわしく、懐かしい声が。


「―何故だ?!」

ルークは戦慄く腕を握り締める。


開放したはずだ。
望みを果たしたはずだ。

数多の犠牲と引き換えに、世界を救うおまけのように、奴の願いを叶えたはずだ!!


「…ルーク、詮索は後です。」

血の気を引かせたルークを見下ろしたまま、ジェイドはポツリと言葉を放つ。
ルークの至近距離にいたお陰で影響を受けなかったものの、先程のなんの前触れもなく巻き起こされた自分が使役できない音素の波は恐ろしいものがあった。

「まずはアルビオールへ急ぎましょう。話しはそこで。
 …歩けますか?」

一応の気遣い。
差し伸べられたガイの腕をやんわりと断りながら、ルークは頭を軽く振って立ち上がった。

先程の頭痛がまるで幻のようだと錯覚してしまいそうな回復に悪寒が走る。



「…大丈夫だ。」





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 視点が、二つ。 一人称と三人称…
 だ、だって! 合流させるにはまだ伏線を張らなきゃならなくて!!
 それを今活かせてるかどうかを問われると胸が痛い限りですが…気にしないでやってください…
 さぁー続きますよ!