5.ベナースフ
「よう嬢ちゃん、命が惜しけりゃ金めべッ」
裏路地を歩いていていきなり掴みかかってきた男を魔人拳で吹っ飛ばす。
見事な音を立てて壁にぶつかり、べしゃりと地面に落ちる男の隣りを走って通り過ぎる。
「こ、このガキ!」
呆然としていた、吹っ飛ばした奴の仲間と思われる男が思ったよりも早く復活した。
しがみつくように襲い掛かってきているのが見えたので、男が自分に触れるよりも早く大きく一歩踏み出して、しゃがみこむように腰を落として体を反転させる。
振り返る際に抜き放っていた剣の腹を、そのまま立ち上がりざまに遠心力全てを込めて男の腹に埋め込んだ。
肺から音を立てて空気を吐き出し、男は白目をむいて倒れる。
死んでないことを軽く確認して、抜いていた剣を腰の鞘へと戻す。
そして再び路地の先へと足を進めた。
「さっきからちょろちょろとうっぜぇな〜」
『女の一人歩きは目立つのだろう。』
絡まれて当然といったようなローレライの発言に、堪えきれずに深くため息を吐いた。
無責任な発言にいまだ慣れる気がしない…
『しかし、理解できんな。』
俺にはアンタのほうが理解できねー
「何がだよ?」
『お前は普通の人間よりも重装備だというのに、何故わざわざ関わろうとするのだろうか…?』
心配、というよりも本当にただの疑問を吐き出しただけのようだ。
ローレライの言う重装備って言うのはまあ、言えていることなのだろう。
背中にローレライの鍵。
腰に名前も知らない立派な剣。(コレもローレライが作ってくれた)
服はほとんどそのままだが、剥き出しだった掌は元のグローブを作り変えてもらい、指先だけを出せるようになった。うん。やっぱ使い慣れた形のほうが断然いい。
そして砂漠を歩くためにフード付きの生地の厚いマントを羽織っていて、そのフードも被っているし、砂嵐対策のために顔の半分を布のマスクで覆っている。目だけを出している状態って言えば早いのかも。
さっきの男が自分のことを女だとわかったのが不思議でしかない。
普通の奴はこんな怪しい奴に話しかけたりしないだろうなー…
「なあ…やっぱこのワンピースは変える気ねぇの?」
『当たり前だ。その服を作り変えてしまうと女に見えなくなるだろう。
その服に施してある刺繍はユリアが好きだった物だ。
物が良い分、見栄えもいいではないか。』
この場合の『見栄え』はローレライ視点の『見栄え』だ。
ローレライはユリアに縁のあるものが現実の形になればなんだって大歓迎ということが判明した。
生き返ったときに何で髪が長いのかと思ったら、「『ユリア』が髪を伸ばしていたからだ。」だと言い放ち、俺は譜術は使えないって言ったら「何故使えない!?」とか言って逆切れするし…(ユリアは譜術を使っていたらしい)
…別に女って事をアピールして歩かなくてもいいと思う。俺は。
「金に困ったら売るからな。コレ。」
『なっ、貴様!我の最高傑作を何だと思っている!?
許さんぞそんなことは!』
マントの内側でワンピースの裾を摘まみながら言うと、本気で激昂する。
「あのなー!まともに金稼ぎをする暇もくれないのはどこのどいつだよ!?
ケテルブルグとかあの辺りでうろうろすればそれなりに金は貯まるって言うのに、無駄足踏んだ挙句にさっさと次の場所へ行けって言ったのはどこのどいつだ!?旅費だって金を使うんだから減るんだよ!」
エルドラントで魔物を倒して手に入れた金はもう殆ど底をついている。
『それとコレとは関係ないだろう。』
「全部がお前に起因していることだろが!
自覚してくれ頼むから!!」
『お前が使わなければ金は残るのではないか?』
「必要なものを買わなきゃ干からびて死んじまうだろうが!!
砂漠を越えるのに必要な物の買出しに来てるって最初っから言ってるだろ!」
俺達が今いるのはケセドニア自治区。
そしてこれから行く場所はザオ遺跡だ。
砂漠を歩くのに生半可な装備のままでは行き倒れるのが目に見える。自分が単独で出歩いたことはないが、ティアとガイに砂漠での注意点を懇々と教えられたことは覚えている。それだけは抜かりのないようにすれば最低限何とかなるだろう。
…金に不自由するなんて、久しぶりすぎて涙が出そうだ。
『飲まずとも食わずとも、死ぬことはないぞ。飢えるとは思うが。』
「生き地獄だろソレ。」
完全な意思の不疎通さに俺は肩を落とした。
ローレライが豪語したのは何の比喩でもなく事実だ。
今俺は、ヴァン師匠と同じようにローレライ(一部)を体の中に取り込んでいる状態だ。第七音素の『癒し』の効果をダイレクトに受け取っているから、エルドラントから脱出する一週間は何も食べなくても生きていられた。
ただ…ものっっっすごく辛かった。
いっそ死んだほうがましなんじゃないかってぐらい、あれは辛い。
腹へって死にそーって言っていた昔の自分を殴りに行きたいと思った。
そもそも何で俺がローレライを中に取り込んでいるかって言うと、第七音素の乖離の防止策らしい。
乖離して無くなっているのなら、無くなった分供給しちまえっていう方法。
乱暴といえば乱暴だ。
ほんとは音素の塊を埋め込んでおくことでも十分なんだけど、ここはローレライのお願いを守るためにいたしかたなく一緒になっている。
『待てユリア。』
ようやく小さい路地を抜けて大通りに出ようっていう瞬間にローレライから制止がかかった。
俺はすぐに出そうとしてした足を引っ込めて、壁側に背中を貼り付ける。
「…どうしたんだ?」
『……旋律が聞こえる。』
息を潜め耳をそばだてているようだ。
「鍵に移そうか?」
『ああ、頼もう。』
俺の提案をあっさりと認める。珍しいこともあるもんだ。
背中に背負っていたローレライの鍵を抜き放ち、全身のフォンスロットを開放して自分の中央のその奥、塊で存在するローレライの意識を引っ張りあげる。糸を引くみたいに抵抗少なく引っ張りあげたソレを、そのまま掌を通じて鍵へと流し込む。
ローレライいわく、鍵に移っているほうが周りの状況が判りやすいらしい。
『…ふむ、気のせいではないみたいだな。』
いくらか遠くなったローレライの声。
見てみろと促され、言われた方向を覗き見る。
雑多と入り混じった人込み。砂っぽい道には誰かが捨てたのか、小さな紙くずなどがもみくちゃに踏まれていた。
『少し出てみろ。お前の今の格好なら別にばれる事も無い。』
「はぁ?バレルって、誰にだよ?」
『ほら、早く行け。』
妙に急かすローレライを不審に思いながらも、剣を背中に背負いなおしてフードを取る。街中じゃマスクはともかく、フードまで被っていたらただの変人だ。
汗で首に張り付いている黒い髪を片手で持ち上げて一度風を通す。
もちろん地毛じゃない。ウィッグだウィッグ。
「お前が急かすなんて珍しいな。」
背中の剣に意識を向けながら踏み出す。
ほぼ同時に明るくなった目の前に障害物が生まれた。
タイミング最悪だ。
ガツッ
「ふぐっ!」
「!!も、申し訳ない!!」
何かの柄が横っ面に刺さるようにぶつかってきやがった!
手ごたえを感じたのか、同時にきっとこの柄の持ち主っぽい男の謝罪の言葉も降ってくる。
確かにこんな細い路地からよそ見しながら人が出てくるとは思わねぇだろうが、長い物を振り回すときは周りを確認してからやれ!前後左右上下!
正直真面目に痛いので、ぶつかった右頬を押さえて上半身を深く折る。
「何をしているんだお前!」
「や、槍を抱えなおした際に、自分の不注意で柄をぶつけてしまいまして…」
「ば、馬鹿かお前は!?」
ぶつけた奴よりも偉そうな奴が近くに走りよってきたのが判った。
ふと、視線を上げると見覚えのあるフォルムが目に飛び込んできた。
「あーあー痛そうに、ほらお嬢ちゃん見せてみな。」
こちらを覗き込むように腰を折っていた男が、被っていた兜をはずして人のよさそうな笑みを浮かべる。
人間はたいした問題ではない。問題はこいつらの格好だ。
凝視している俺の視線に気付き、おっさんは自分の胸を叩いて今度は声を出して笑う。
「ん?ああ、俺たちは怪しい奴じゃない。キムラスカの正規兵だ。うちの部下が失礼をした。
痕が残らないか心配だから、ちょっと傷を見せてもらっていいか?」
キムラスカ兵!
なんでこいつらがこんな塊で練り歩いてんだ!?
『ユリア、近すぎる。離れないと危ないぞ。』
ローレライが警告しているが、いくらなんでもいきなり走り去るわけには行かない。
ってゆーかローレライ…何に対してのことだかはっきりしてくれよ!
「え、いや、お構いなく!」
「何を言ってるんだ。女が顔に傷を残したら大変だろう。
ほら見せてみなさい。」
優しく諭すように言いながらおっさんは俺の顔を隠しているマスクに手を伸ばそうとする。
おっさんが持つ気概とか優しさとかものすごく好ましいものではあるが、冗談ではない!
体はご丁寧に女のソレへと変化させられているけど、顔の造形は元のままだ。キムラスカの人間ならアッシュの顔を知っていてもおかしくない。
じょ 冗談ではない!!
「そこ!何をしている!」
背後から喧騒を貫く鋭い声が届いた。
瞬時に事の成り行きを心配そうに見守っていた観客(キムラスカ兵)や、目の前で俺に手を伸ばしていたおっさんが、その声のした方向へびしりと姿勢を正す。
『もう遅いか。』
頭の中でローレライの声が響いた。
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SIDE:L
SIDE:A
2006/07/29
最初の方のくだり、ルークの一方的な暴力(笑)
あーゆー場面を書くのは本当に楽しいですね!
さぁ、ここは波乱の序章です。