6.ベナースフ side:A
騒ぎがすると思って振り返ると、ウチの兵が立ち止まりなにやらたむろっている状態が窺えた。その中心に目を凝らしてみると人がかがんでいる姿が見える。
焦る気持ちが早ってただでさえ苛ついているのに、何をしているのか。だから一人で行動すると言っていたんだ…!
地位と肩書きの不自由さにため息を吐きながら、その騒ぎの中心に歩み寄っていく。
こちらに背を向け体を折っている人間は、大きめのマントを羽織っている…女のように見えた。
「そこ!何をしている!」
声を上げると、兵たち一同が姿勢を正す。見通しのよくなった視界で、女と向かい合って屈んでいた兵に視線を向ける。
すぐにその兵は敬礼をし直して説明を始める。
「はっ、部下の一人が一般人と接触し、相手に怪我を負わせてしまったので手当てをしておりました。
お足をお止めして申し訳ありません。」
「怪我だと?」
「右頬にぶつかったので、痕が残らぬようにと…」
兜を外した男は心底申し訳なさそうな顔をする。女を見下ろすと、ピクリともせずに硬直していた。
着込んでいるマントは結構な年数を使い込んでいるように見える。そしてその隙間から、布でぐるぐる巻きにされた剣の柄のようなものが飛び出していた。…いや、剣で間違いはないのだろう。
その長物は背中に一本。マントで覆われているが腰に一本。…ずいぶんとまた、女には相応しくない装備の仕方だな。
そしてすぐに珍しさに這わせる視線を打ち切って、兵へと視線を上げる。
女の顔にわざわざ傷を負わせるなど…呆れた事だ。
「ひどいのか?」
「いえ、まだ確認の途中です。」
その会話の中でも女は本当に動かない。俺は何気なく、再びその女の頭を見下ろす。
女の中途半端な長さの黒い髪が、太陽の光を受けて嫌に暑そうに見える。
「…ルーク様?」
思わず黙ってしまった俺に兵士が戸惑いがちに声を掛けてくる。
とりあえず、薬でも渡してこの話は終わりにしよう。
「だ、大丈夫ですから!!」
声を発しようと息を吸い込んだとたん、女がいきなり立ち上がる。
妙に焦っているその声を聞いた瞬間に、全身がざわりと粟立った。
なんだこの感覚は!?
「コレくらい、すぐ治ります!」
叫ぶようにそう言い、正面にいた兵に礼をしてすぐ脇にあった細い路地へと走って行く。
その走り去る背中を見て怒りのような感情が生まれた。
正直、女は自分から逃げたように感じた。
だからといってこのような感情が生まれる理由にはならない。
俺は衝動に任せて俺は女を追いかける。理由なんぞ存在しない。ただの衝動だ。背中から放たれる困惑の声を聞きながら走った。
駆け込んだ薄暗い路地の中で女の砂色のマントが浮いて見える。目に映ったのはそれだけではない、女の進む先には男が一人よろめきながら歩いている。
男は女を見るや否や片手に握っていた剣を振り上げた。
同時に、女がようやく男の存在に気付いて足を止め、俺の手が女のマントを捕まえた。
「ぐぇっ!」
掴んですぐに懇親の力を込めて引っ張ると、女から引き絞るような声が上けで止まっている。
向かい合ったその顔は半分を布で覆われていて詳しい表情は読めなかったが、かろうじて露わになっているその目から驚愕の色が窺えた。
透き通った碧の瞳。
瞳の色に気付くと背中を悪寒が駆け上る。
視界の端で男が体勢を整えようとしていたので俺は剣を抜き放ち、女のマントを再び引く。
「退け!」
「ぇ、どぉあっ!」
バランスを崩し倒れていく体を片腕で抱え上げ、新たに振り下ろされた男の剣の軌道から外す。鼻の下に真新しい血の筋を残している男は、気に食わなかったように舌を打った。
俺も、その反応は気に食わない。
剣を構えなおし男を睨む。
「街中での闘争行為は禁止している。」
逃がす気はない。
ガキィンッ
我武者羅に振り下ろされた剣を弾き返す。衝撃に耐え切れなかったのか男は手を離し、勢いづいた剣は壁へとその身を投げる。金属がレンガを擦る耳障りな音があたりに響いた。
男は驚き、すぐに敵意のこもった眼を向けてくるが小物は小物だ。おそるるには足らん。男が行動を起こすよりも早く右腕を上げ、その首筋に剣の切っ先を押し当てる。
「大人しくしろ。」
小さく剣を握りなおし、音を立ててその存在を主張すれば男は青ざめ抵抗の気配を霧散させる。
「ルーク様!単独で行動されないでください!」
追いかけてきていた兵が叫ぶのを聞き、男に意識を向けたまま軽く視線を向ける。
行動が遅い。今度軍の奴らの訓練に口を出しておこう。
「こいつを警備隊に突き出しておけ。」
「は、はっ。」
短く返事をして兵たちは俺が目配せして指した男を数人で押さえ込む。
ここはもうこれで十分だろう。
ため息をついて後ろを振り返ると出口付近に兵たちが変にたむろしていた。ちらほら沸きだつ好奇の感情はひた隠しにされてはいるが、丸分かりだ。
そのような視線を向けられていて誰が気持ちのいいものか。俺は正直に眉根を寄せた。
「…なぁ。」
「ッ!!」
至近距離の女の声に思考が止まる。ソレと同時に左腕の中に柔らかい存在を思い出した。
見下ろせば、不安と戸惑いの色が強い瞳とぶつかった。
沸き起こった知覚できない感情の波が思考を支配する。
それに意識すら引きずられそうになって俺は咄嗟に腕を放した。
「お―わっ!」
言葉を発しようとしていた女が意表を突かれ地面に落ちる。
「わ、悪い。」
無意識の行動に詫びを入れる。
そして空いた手のひらを凝視する。先程といい今といい、理解できない感情と己の行動が不思議で仕方がない。後にも先にも、このような行動を起こしたことはない。
「別にいいんだけど…えーと…」
地面に座ったまま俺を見上げていた女は一瞬視線を漂わせ、服を軽く叩きながら立ち上がる。そしてその碧の瞳を俺の視線へ重ねてきた。
「助けてくれてありがとう。マジ危なかったから。」
「……たいしたことではない………」
口元は見えなくても微笑んだのが雰囲気で分かった。
少しばかりの気まずさを覚え俺は小さく返答を返す。
「じゃ、ちょっと先を急ぐんでコレで失礼します。」
もう一度軽く会釈をして女はすぐに踵を返し歩み去る。この細い路地の出口を塞いでいたキムラスカ兵に気付くと、わずかに体を強張らせたがそのまま足を進めていく。あちこち擦り切れているマントが吹き込む風になびかれる。
行く。
行ってしまう。
焦燥に似た感情が腹の底で煮だった。
なぜだ。
「―ぐぇッ!」
息とともに吐き出されたその声でハッと気付く。右手に視線を下ろせば、茶味がかった黄土色の布がきつく握られていた。
そのマントの持ち主がその場で体を反転させて鋭く睨んでくる。
「何、しやがる!?」
細い腕がマントの元を握った事がわかると俺は右手に込めた力を増やす。お陰で、かなりの勢いを付けて引っ張られたマントはびくともしない。
なんだ。このすがるような行為は?
意識外の行動に自分自身が驚いているのだ。女が非難めいた視線を向けてくるのも当然だ。
「何度もマントを引っ張るな!首がもげたらどうすんだ!?」
マントをぐいぐいと引っ張りながら非難そのものを叫ぶ。
女の後ろの離れた場所にいる兵たちが目をひん剥いて驚いていた。わざわざこの状況を見る為に兜を外している馬鹿者までいやがる。あいつらの顔を覚えて後日減棒にしてやる。
「――おい!!」
「……何だ。」
苛立ちを露わに女が叫ぶ。布から僅かに覗いている頬がほのかに色づいているのを見つけ、何度目かの悪寒を覚える。
そこでふと思い至る。
この悪寒は、本気同士で剣を打ち合わせた時の物に酷似していると。
「聞いてんのか!?」
「………」
聞いていなかったのであえて沈黙で返す。
「用があるならはっきりしろ!」
用?
今自分に在るのは、意識が伴わない衝動だけだ。
ならばと、衝動を意識に変換させればとりあえずは形になる。
きつく握っていた掌から女のマントを解放し、俺は女へと大きく踏み込んでその顔を見下ろす。見下ろされた女は僅かに萎縮して困惑の色を浮かべた。
「……ぃ…」
「は?」
「……………少し…」
心底情けなくなりそうな声。
「少し、話せないか…?」
自分のものとは思えないその声はひたすらおぞましい。
驚愕の色を瞳に宿した女は、1拍の間を置いて耳まで真っ赤にして首を左右に振る。
「無理、ムリ無理無理!」
「なん―」
「ぜってー無理だって!何考えてんだアンタ!?」
そんなのは俺の方が聞きたい!!
今日はいったいなんだというのだ!?
SIDE:L
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2006/08/10
ルーク視点から一週間ちょっと。 難 産 でした!!
馬鹿馬鹿!アッシュの馬鹿!何でこんなに動かしづらいの!(難解な設定をしている自分のせい)
しかしこうして見ると、本当にひたすら翻弄されてる21歳ですね。
はやく二人をくっつけて、いちゃこらさせて、ちくちくお邪魔虫を入れたいものです。